シロッコの青空ぶろぐ

高卒シニアが低学歴コンプレックス脱出のため、放送大学の人間と文化コースで学んでいます。通信制大学で学ぼうとする人を応援したい。学んで成功する人が増えれば、私のやる気も燃えるはず。

ドキュメンタリー「泣きながら生きて」の感想

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(「GATAG|フリー画像・写真素材集 3.0」より)

目次

「泣きながら生きて」含泪活着1 

 父と子をあつかった泣ける映画を集めたブログ「20・30代の父親にオススメ。子供が生まれてから見たら大泣きした映画 - 映画格付」を読みました。

そこで紹介されている「チャンプ」、「山の郵便配達」、「クレーマー、クレーマー」は何度も何度も繰り返してDVDを観たことがあります。二番目に紹介されている「泣きながら生きて」はYoutubeへのリンクがあります。見始めると夢中になり、CMをとばしながら一気に「泣きながら生きて」含泪活着9(終)まで観てしまいました。 

文化大革命の中、丁さんは僻地の農村に送り込まれた

 「泣きながら生きて」は2006年11月3日にフジテレビ・金曜プレステージ枠で放送されたドキュメンタリー番組 です。「自殺する人が3万人いる日本で泣きながら生きている全ての人に贈ります」と語りかけるナレーションから番組は始まります。

中国。文化大革命の中、「貧しい農民に学べ」のスローガンの基に「下方政策」と呼ばれる若者を僻地の農村に送り働かせる政策が取られました。このドキュメンタリーの主人公・丁さんも僻地の農村に送り込まれた一人です。丁さんはここで奥さんと出会って結婚、一人娘が生まれます。

丁さんは北京に戻ります。しかし、学歴も技術もありません。学ぶ機会さえ与えられなかった丁さんは最下層の生活をするしかなかったのです。

日本で学べば最下層から脱出できる

ある日、中国を出て行った友人から「日本は豊かで素晴らしい」と言う内容の手紙が来ます。最下層の生活から脱出するには中国を出るしかないと考えた丁さんは日本語学校「北海道・飛鳥学院」の入学案内を入手します。入学金は42万円。それは夫婦二人で15年間働き続けなければならない大金です。しかし、丁さんは借金に借金を重ねて資金を調達し、1986年6月、妻と一人娘を残して来日します。

大学受験のチャンスさえなかった丁さんは、日本語を学んで大学に入り職を得て、家族を呼び寄せようとしたのです。

不法滞在するしかなかった

しかし、そこは北海道阿寒町の番外地という辺ぴな場所。過疎化が進む阿寒町が日本語学校をバックアップ誘致したものだったのです。 ですから、働く場所もありません。働きながら学んで借金を返さなければならなかった丁さんは阿寒を脱出して働きます。不法滞在をするしかなかったのです。

 

丁さんは子供に夢を託し、仕送りを続ける

昼間は工場で働き、夜はレストランのコック。 中国に帰らない丁さんは奥さんに女でも出来たのではないかと疑われます。日本に家族を呼び寄せる夢は叶えることが出来なくなりました。丁さんは自分の代りに一人娘を海外の一流大学へ留学させたいと考えるようになります。家族に会うために帰国すれば日本に再入国は出来ません。娘にも妻にも会わないでお金を送り続けているのです。

詳しくはYoutubeを観てください。「纪录片-含泪活着」で検索すると中国語のコメントが多数寄せられているのが分かります。

丁さんの行動は強く美しいものを生み出す

  このドキュメンタリーを観はじまって最初に感じたのは、なんと悲惨な人生なんだろうということでした。しかし、娘のために働き続ける彼の姿を観ていると同情や慈悲で私が涙を流しているのではなく、丁さんの行動が生み出す強く美しいものが私の心をゆり動かしているのに気が付きました。
 
 丁さんの両親は貧しくて教育を受けていません。母は字も読めなかったと言います。丁さんも教育を受けるチャンスがなかった。しかし、国の代表者が国を良くする責任があるように自分には親として子供を育てる責任がある、私の役目は自分の力で家族の運命を切り開いていくこと、そう話す彼の言葉は力強く頼もしいものでした。

幸せって何だっけ?

 昔、明石家さんまさんが歌っていたCMに「幸せって何だっけ何だっけ・・・ポン酢醤油のあるウチさ~♪」というのがありました。今までポン酢醤油がなかったけれど、今はポン酢醤油がある、そのくらいの小さな幸せを求め、もっと呑気に暮らせば生きるのも楽なのに・・・。貧しいかも知れないけれどそれなりの幸福だってあるはずなのに・・・。
 丁さんの求める幸せはポン酢醤油よりずっと大きくて、それを実現しようとすると多くの犠牲が必要になってしまい、より良く生きようとすればするほど困難な壁が大きく立ちふさがってしまうのです。

真実の人生は、いい悲劇に似ている

 「夕鶴」で有名な劇作家・木下順二さんの「ドラマが成り立つとき」を読んだことがあります。その中に「真実の人生は、いい悲劇に似ている」という言葉があったのを記憶しています。この言葉だけ記憶していて周りのニュアンスは忘れてしまったのですが、このドキュメンタリーの主人公・丁さんは真実の人生を歩もうとするから、美しいドラマが生まれるてくるのだと思うのです。
 親が我が子のために身を粉にして働き夢を子供にたくすドラマはいくつかあります。
 中国映画「北京バイオリン」は貧しい父親がお金を工面して子供に母親の残したバイ オリンを習わせ、子供がその期待に応えていく話。日本でしたら、「巨人の星」の父、星一徹は日雇い人夫をして野球の名門高校に入学させます。高校入試の面接で父親の職業を聞かれ、飛雄馬は「とうちゃんは日本一の日雇い人夫です!」と答えるシーンは今でもよく覚えています。
 最初、丁さんの人生は悲惨だと思いました。しかし、貧しさから豊かになろうとするときの希望は大きく、娘を立派に育てる夢がかなえられた彼は幸せなのだと思いました。
 日本を去る前、丁さんは阿寒町の日本語学校だった廃校を訪れます。廃校を去るときに廃墟になった日本語学校に向かって深々と一礼します。その姿が印象的でした。