シロッコ手習鑑

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シロッコ手習鑑

高卒シニアなのに臨床心理士になりたいと思い立って放送大学生になりました。

なぜ、日本は宗教教育をしないのに道徳があるのか? 新渡戸稲造「武士道」(2)

本の紹介

目次

武士道 (講談社バイリンガル・ブックス)

武士道 (講談社バイリンガル・ブックス)

 

目上の者に対する服従と忠義

武士道精神でも、現代に通じるものがありますが、「忠義」はなかなか理解しにくいところです。封建制度だからこそ重要だったと思われる「忠義」について、新渡戸稲造はどう説明していたのでしょうか。

ピレネー山脈の片側では正しいと考えられていたことが、もう一方では誤りである。「法の精神」を書いたフランスの哲学者・モンテスキューが嘆いたことを引いて、「忠義」が他国の人には賛美されないかもしれないと心配しながら説明を始めます。

日本人の抱く忠義の概念は、他の国の人には賛美されないかもしれない。しかしこれはわれわれの概念が誤りである故ではなくて、おそらく他国の人々がそれを忘れ去ったからであり、また、われわれが他の国においても到達できなかった程度の高さまでこの観念を発達せしめたが故であろう。

歌舞伎「菅原伝授手習鑑」

そして、歌舞伎「菅原伝授手習鑑」が紹介されます。

それはどんな話か。主君である菅原道真の子どもの命を守るため、自分の子どもの首を差し出す話です。子供も忠義の大切さを理解していて、命を捧げる覚悟があったということなのですが、それにしても残酷な話です。そして、最後は「女房喜べ、せがれはお役に立ったわ、やい!」と言う父親の台詞で終ります。

新渡戸稲造はこの「菅原伝授手習鑑」を旧約聖書のアブラハムが子イサクを犠牲にした話と変わらないのだと言います。(なぜ神様はアブラハムにイサクをいけにえとして捧げるように命じたの)しかし、この子供の親について考えてみると、忠義という狂気に酔っているように見えてしまいます。今も歌舞伎として演じられて感動を呼ぶとしたら、それは現実にはないことだから美しいのではないか、そのことも考えないといけません。

忠義が長く残る土壌

「忠義」についてはドイツの哲学者・ヘーゲルは「不当な原理の上に立てられた規範である」と批判しているのですが、プロイセンの首相・ビスマルクは「個人の忠誠は、ドイツ国民の美徳である」と賛美しています。

封建制度が長く続き、国民の間に忠誠が長く留まってまっていたからドイツ国民に残っていたのだと新渡戸稲造はいいます。

西洋の個人主義は、父と子、夫と妻に対しても、それぞれの利害を認めているので、人の他に対して負う義務は必然的に相当軽くなる。だが武士道は、一家とその家族の利害は愛情と結びついており、自然で本能的なもので、これに抵抗することが出来ない。 

忠義を「自然で本能的」に感じる。私からは考えられませんが、生活の隅々まで忠義が染み込んでいたことが想像できるような文章です。ビスマルクは国王から任命された首相であり、新渡戸稲造の父は南部藩の用人(事務屋・連絡役・折衝役)でした。同じような封建制度に即していたから、肯定的に考えたと理解できる話でもあります。

主君と臣下の意見が違うときはどうする?

忠義の最後は「臣下がもし主君と意見が異なる場合」の話です。

そのときはどうするのか、シェークスピアのリア王に仕えたケントのように、あらゆる手段を尽くして主君の非を正すことが忠義だと言います。

それが受け入れられなかったら、主君がやりたいようにさせる。そして、武士は自分の血を流し、それによって自分の言葉の誠実をあらわし、最後の訴えをする。

主君の持つ力が大きいですから、それしか方法がなかったのでしょう。三島由紀夫が切腹をした意味の半分はこんな理由からかも知れないですね。あとの半分は、「お前ら、俺のようには死ねないだろう」と見下すのも目的だったかと。

お前は偉い人に恨みでもあるのか

 忠義と言う言葉を聞くと、20代の頃に上司に言われたことを思い出します。上司は親と同年代で戦前の教育を受けた仕事の出来る優秀な人だったのですが、「お前は偉い人に恨みでもあるのか」と言われ、何のことか分からずキョトンとしたことがあります。何に対して注意を受けたのかは記憶にないのですが、「目上の人」という概念を大切にする人からは理解できない人間に見られていたようです。

武士道とフェミニズム

日本女性の貞操観念

14章 婦人の教育と地位。日本が混浴であることを批判されたことに対し、新渡戸稲造は貞操観念がないというのは誤解だと反論しています。

  • 婦人は剣術などの武芸をしていたが、実際に用いることはほとんどなかった。
  • 少女は青年に達すれば短刀を与えられ、それによって自分を襲う者の胸を刺し、自分の胸を刺すこともあった。
  • 自害の作法を知らなければ彼女の恥とされた。死の苦痛がいかに激しくとも死体が発見されたときに、最大の慎みを示して、脚が乱れず正しい姿勢を保っているように、帯紐で自分の膝を固く縛ることも知らねばならなかった。

女性が武士という男社会の犠牲になっているように思いますが、女性はどう感じていたのでしょう。今から見ると、随分と勝手な考えのようにも思えます。

日本女性は独立の生涯ではなく、男子の内功者

理想の女性は男性的で潔いばかりでなく、芸能などの優雅な習慣があったと、次のように紹介しています。

  • 音楽、舞踏、文学などが盛んであったが、舞踏は立ち振る舞いを優雅にするためのものであり、音楽は芸術そのもののためでなく、父や夫の気持ちを慰めるものであった。
  • 武家の女性の芸事は、見せるためのものでもなく、出世のためのものでもなく、家庭の娯楽だった。彼女らの教育で最も重要なことは家を治めることである。
  • 家の名誉と体面を保持してゆくために、苦労して働き、それに一生を捧げた。
  • 娘としては父のために、妻としては夫のために、母としては子供のために、彼女らはおのれを犠牲にした。
  • 彼女らの一生は独立の生涯ではなく、従属的な奉仕の障害であって、男子の内功者である。
  • 妻はおのれを空しく夫に仕え、夫は空しくして主君に使え、主君は天の意に服従したのである。

今の男女同権思想からすれば、「なんと酷い考えなのだ」という非難の言葉が思い浮かびます。新渡戸稲造は婦人の自由が最も拘束されていたのは武士階級であって、地位の高い貴族や地位の低い職人などは自由だったと言います。私が非難の言葉を思い浮かべるのは、女性が拘束されなかった地位の低い農民の家系なのが原因かも知れません。

日本会議」が「選択的夫婦別姓法案」反対、「ジェンダーフリー」運動反対などの男女平等思想への反対運動をしています。その思想の根本が日本に古くからあるのです。イスラム諸国の女性の地位が低いことが報道され、あきれてニュースを見ていますが、百年前は日本も同じような状態だったかと思うとイスラムを非難ばかりしていられません。

新渡戸稲造はこういう非難は予想していて、次のように言います。

  • 私はこれらの教訓の欠陥を知っている。
  • 私に対して不当な偏見をもち、意志の奴隷的な屈従を是認しているなどと、避難していただきたくない。
  • ヘーゲルの「歴史とは自由の発展であり、その実現である」という説におおむね賛成している。

で、新渡戸稲造はこの矛盾については次のように言っています。

  • 武士道の教訓は全て自己犠牲の精神よって充たされており、それは女子についてのみでなく、男子も要求された。だから、アメリカ人の女権拡張論者が軽率に主張しても、日本社会は賛同しない。

それと、婦人の自由が最も拘束されていたのが武士階級で、職人などは男女の差はそれほど大きくないと言います。これは武士は男だけの職業でしたから、妻はサポートに回るしかなく、他の職業は女性も男性と同じく労働に参加できたからだと思われます。

この後の展開は 男女平等についてです。現在でもよく討論される男女の役割と平等の問題で、永遠のテーマです。

新渡戸稲造が予想した100年後

新渡戸稲造は「武士道」の最終章で、ヨーロッパの騎士道が衰退したように、日本の武士道も衰退するだろうと言います。騎士道は封建制度がなくなっても、キリスト教が騎士道を育ててきたが、日本にはそのような大きな宗教がないと憂いています。

新渡戸稲造はキリスト教の「愛」について述べ、武士道の道徳は愛するということを正当に強調することを忘れてきたと武士道の欠点を述べています。そして、名誉ある葬送の準備をしなければならない時であると。

「武士道」が書かれて100年が過ぎました。新渡戸稲造が言うようにキリスト教の個人主義が道徳の要素として勢力を増しました。しかし、日本には良くも悪くも「武士道」の道徳が残り影響を与え続けています。

全体的な感想

「戦後教育で日本はダメになった」という声を聞いて、新渡戸稲造の「武士道」を読んで、戦前教育の理想について考えてみました。

英文で記述されていますが、この本は翻訳した日本語と見開きに両方記載されています。読んで気が付くのは、構成が論理的なこと。日本語のエッセイならこんな書き方にはならなかったのかも知れません。「義理は愛に劣る」と言い切っていて、新渡戸稲造が熱心なキリスト教徒だからこそ言えるのだと感じました。

ギリシャ神話、哲学、コーラン、キリスト教、推物論、功利主義、数多の歴史家の文章が引用されています。他人の言葉だけれどもそれが新渡戸稲造の思想を構築するのが見事で、比喩、膨大な引用による名文に酔いしれてしまいました。

1900年に出版された「武士道」が刊行されるや否やたちまちベストセラーになり、時のアメリカ大統領セオドア・ルーズベルトは徹夜で読破したそうです。そして、感動のあまり、翌日ただちに数十冊を一括購入して、ホワイトハウスを訪れる要人に「ぜひ一読を勧める」という献辞とともに配ったということです。*1 ルーズベルト大統領も、新渡戸稲造の文章展開に酔ったのかも知れません。

「武士道」解題―ノーブレス・オブリージュとは

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*1:李登輝「「武士道」解題―ノーブレス・オブリージュとは」p107