目次
何度も繰り返して見た映画
私が何度も見た映画はどんな映画だと思います?
金子正次さんが脚本を書いて主演した「竜二」です。
何回くらい観たと思いますか?
10回以上は見たと言うとびっくりされるかも知れませんが、こんなに同じ映画を何度も見ているのは私だけではありません。
Youtubeに「好きなものの話」と言うトーク番組の録画があります。その中で松本ひとしさんが5、6回、千原ジュニアさんは10回以上は見たと言っています。
千原ジュニアさんが大阪に住んでいた頃、よく深夜にテレビで放送されたそうで、テレビ局には「竜二」の好きな人がいたに違いないと言っています。
それくらい「竜二」は深夜のテレビで何度も何度も再放送されたのだそうです。Youtubeの動画に「何百回見たことか……」とコメントしている人もいます。ですから、私以外にも「竜二」が好きな人は相当いるのです。
「竜二」はどんな映画?
では、「竜二」はどんな映画なのでしょう?
「竜二」は1983年に公開されたヤクザ映画です。主人公は三東会に所属するヤクザの幹部。名前は花城竜二。妻と幼い娘と暮らしていたのですが、暴力を誇示して恐喝したことから竜二は警察に逮捕されてしまいます。
「俺は三東会の竜二だ。てめえら腐った代紋ぶら下げて、それで商売できると思ってんのか!」
妻のまり子は両親に泣きついて保釈金を工面しますが、そのときの親からの条件が竜二と分かれることに。竜二の保釈金はまり子の親が準備した手切れ金だったのです。
竜二は家族と分かれて生活します。しかし、妻と幼い娘のいない生活に空しさを感じた竜二はヤクザから足を洗いカタギになる決意をします。そして、それはあっさりと実現します。今までとはまるっきり違う収入の少ない酒屋の店員として働くことになります。
今までヤクザだった竜二。彼はいつまでも小市民として妻や子供のために地道に働き続けることが出来るのでしょうか。それがこの映画のテーマです。
不甲斐ない自分に怒りを向けたことはありますか?
竜二は酒屋で配達の仕事をはじめます。最初は肉体的にきつくて筋肉痛が起きます。そこは元ヤクザですから、それほど真面目な訳もなく、「熱が出てしまって・・・」と妻のまり子がズル休みの電話をしたりします。
竜二の生活はつつましいもの。幸福な生活が続きます。しかし、しばらくして、妻は家計簿を付けていて、「最近、野菜が高いわねぇ」とつぶやきます。すると竜二は「うるせぇ、コノヤロー!」と怒鳴りるシーンがあります。
男と生まれて来たからには妻や子どもを幸せにしてやりたい、そう、誰もが考えることでしょう。しかし、なかなか思うようには行きません。ヤクザをやめて酒屋の配達をしている竜二の収入は微々たるもの。妻が遅くまで家計簿をつけてやりくりしなければならないのは竜二のせいなのです。
竜二は自分に苛立ち、あろうことか一番大切な家族にあたってしまう。そんなシーンです。千原ジュニアさんがやりたいと言っているシーンの一つです。
「アゴ&キンゾー」の桜金蔵さんの存在感
「竜二」にはコントのような遊び心があります。そのシーンはお笑いコンビ「アゴ&キンゾー」の桜金蔵さんが演じていて、柔らかさが増しているのです。
竜二の弟分の直とひろしの直。二人の弟分がいる竜二は新宿と思われるマンションの一室でルーレット賭博を開催しています。金に困ることはない羽振りの良いヤクザと言う設定です。
「金髪女そんなにいいか・・・下手な英語並べて飲み歩いてるんだって・・・カズと俺は何なんだよ・・・いくら、あいつが冴えなくてもな。お前なんかと性根が違うんだよ。昔は俺と一緒に泥噛んで泣いたこともあるんだぞ」
直が竜二に殴られ、蹴られているシーンです。この後、直はおとし前として、自分の小指を詰めようとして痛さから失敗します。竜二はあきれて医者にくっつけてもらえと言うドタバタがあって、包帯を巻いて医者から帰るシーンが続きます。
このシーンを真剣に考えれば馬鹿らしくて現実にはまず起きないことでしょう。それがシーンとして成立してしまうのは、お笑いコンビ「あごきんぞう」の桜金蔵さんがコントのような芝居をしているからです。おっちょこちょいな憎めないヤクザの直。彼はこの映画に安らぎを与える重要な役目を持っています。それが新しいヤクザ映画の世界を作り出しています。
もうひとつのシーン。直とひろしが部屋に二人。ひろしは着ているジャンパーを直に見せながら「これいいでしょ、バーゲンで安かった」と言います。
「ヤクザもんがバーゲンでもの買ってんじゃねぇよ!」
直は急に怒鳴り出します。ヤクザは度胸と威圧こそステータスが上がる世界。それが男を磨くことだということになっています。だから、直は竜二なら怒鳴るよ、と言っているのです。
しかし、「って、竜二さんに言われるぜ。竜二さんには黙っていてやるよ」とドラマはほのぼのと収束します。直は、ヤクザには度胸と威圧が必要だとは思っていますが、真面目に極道の道に進もうとしているようではない不真面目なヤクザのようです。
直が小指を切ろうとしてドタバタになるシーンも、ひろしのジャンパーをめぐって直がからむシーンも、威圧的で上下関係や忠誠に厳しいヤクザの世界からドラマが始まります。そして、急に心が安らぐ小市民の世界へ画面が変化して終ります。ヤクザの世界と小市民世界との対比、その芝居の組み立てが見事さが映画「竜二」の魅力のひとつと言えます。
ヤクザ映画は歯がいのち
オープニングシーン。ベッドで顔を上げて微笑んいる竜二に光が差しているアップ。そこにタイトルの「竜二」が現れてテーマが流れます。 離れて暮らす幼い子わが子をうたったショーケンのララバイです。
オープニングが象徴するように「竜二」は笑顔の多い映画です。とてもヤクザ映画とは思えないくらいです。
笑顔の重要さに始めて気がついたのは、2本の「無法松の一生」をみたことからです。どちらも、伊丹万作が脚色、稲垣浩が監督。
先に撮影公開されたものが昭和18年で戦争中の公開。この映画の主演は阪東妻三郎です。
戦後に公開されたのは三船敏郎主演のもので、昭和33年。見た順番は、三船敏郎主演の無法松が先、それからテレビで放送された阪東妻三郎を録画してみました。
2本の映画は役者さんが違うだけなのです。それなのに随分と雰囲気が違うと感じました。そして、どっちが魅力的に感じたかというと、私は阪妻の方でした。やっぱり、阪妻の笑顔がいいんです。
三船敏郎さんの魅力は笑顔ではなくて、椿三十郎などのように無骨でムスッとした愛情表現が苦手な古いタイプの日本人を演じたときに生まれます。小説で描かれた松五郎のイメージはそんな男だったのかも知れません。しかし、「無法松の一生」では阪妻のようにニコニコと子どもを可愛がる姿の方が映画としては魅力があると思うのです。
そこで「竜二」の笑顔の話に戻ります。「竜二」は笑顔の多い映画です。
この映画を何度も見た人は啖呵を切ったり、ヤクザっぽい仕草に魅力を感じているようです。しかし、それではこの映画の本質を見逃しています。映画に溢れる家庭の暖かさ、それを表現する笑顔がベースになっているのを見逃してはいけません。ヤクザは家族愛を描くために使う道具なのです。ヤクザなのに笑顔があふれている。それがこの映画の魅力です。
ラスト・なぜ竜二はヤクザに戻るのか
私が大田区のボロアパートに住んでいる頃、レンタルショップから借りたVHSの「竜二」を映画好きの友人と二人で観ました。公開の何年か先のことだったと思います。
私の部屋はたまり場になっていて、電気ストーブを横にしてスルメをあぶり、それをツマミにしてビールを飲んだりしていました。
「竜二」が好きな映画だったので「この映画いいでしょ?」と薦めるつもりで観たのです。
映画が終ると彼は「これでは映画を作った意味がない」と言います。
お金には何不自由しないヤクザから足を洗い、つつましい生活を始めたのですが、結局は、竜二は金のためにヤクザの世界へ戻ってしまう結末に不満があったようです。
そのとき私は「映画なのだから、辻褄の合うラストにするしかない」みたいな事を言ったんだと思う。
観客は映画の中で自分の理想や希望を叶えたいと望んで観ています。温かい家庭のない私たちは相当うらやましく思っていたのでしょう。
「なぜ美しい奥さんと可愛い娘をおいてヤクザに戻るんだ!」
彼は「竜二」の行動に納得ができなかったのだと思います。一緒に映画を観た彼は、若いうちにお父さんもお母さんも亡くなっていました。彼にとって家族をテーマにした映画は特別な意味があったのだと思います。
ラストは竜二がヤクザに戻って夜の盛り場を闊歩するシーンで終ります。ヤクザを止めるときはシノギを譲ることになるので周りは喜んだでしょう。しかし、戻った竜二は以前のように妻や子どもに大金を送ることは出来るのでしょうか。そうかと言って小市民の生活が出来ない竜二は、妻や子どもを幸せにしたいけれども出来ません。竜二はそういう家族への負い目を背負って生きていくのでしょう。その姿は思うように家族を幸せに出来ない非力な自分を見ているようでもあります。
テーマ曲:ララバイ ディスク1の7を視聴できます。
- アーティスト: 萩原健一
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