「私のおすすめ映画100本」を10本ずつ紹介しようと思ったのですが、文章が長くなって来ました。今回は中途半端になってしまいましたがここでアップします。
16.切腹
井伊家の屋敷に「庭先を借りて切腹をしたい」と武士がきます。当時は「切腹サギ」みたいなものが流行っていました。生活に困った武士が「庭先を借りて切腹をしたい」と言われると、庭先で切腹されるのも困りますから、「見事な心意気」とお金を与えて引き取ってもらいます。そんなことから「切腹サギ」が多発していたのです。
そこで、家老はお金を与えず、庭先で切腹してもらうことにします。
切腹の準備をする主人公は介錯人を指名してきますが、指名された介錯人はいません。そして、意外な事実をつきつけていくのです。
川辺一外「ドラマとは何か?―ストーリー工学入門」という本があります。川辺さんは、「ドラマのストーリーはどのように展開されるのか」という問題を次に示す二つを組み合わせて説明しています。
- 環境の中で生きる主人公はロシアの演出家・スタニスラフスキーの言う「超目標」があり、それを達成するために「貫通行動」をする(参考:〈スタニスラフスキー・システム〉とは何か)
- 具体的な行動の展開は「主人公の行動」と「阻止する力」を「ヘーゲルの弁証法」をモデルに新しい行動を生み出す。テーゼ(正)、アンチテーゼ(反)から生まれた、ジンテーゼ(合)は新しい行動となり、次のステップに進む。
あまりにも論理的な説明に「ドラマってそんな難しい理屈の話なの?」と驚くかもしれません。本の後半では、実際にソポクレスのギリシャ悲劇「オイディプス王」、橋本忍さん脚本の「切腹」と「砂の器」を分析しています。
回り道が長くなりましたが、ここで「切腹」の話に戻ります。つまり、何が言いたいかというと、「切腹」というタイトルからおどろおどろしい映画をイメージするかもしれませんが、この映画はシナリオ分析の教材になるほど、見事に論理的な展開をする映画だということです。
原作は滝口康彦の「異聞浪人記」。それを橋本忍さんが脚色しています。原作はどんなものだったのか、逆に興味が湧くところです。
15.駅 STATION
「北の国から」などTVドラマの多い倉本聰さんの脚本です。情感にあふれたシーンが多く、「切腹」とは全く違う雰囲気の映画です。「切腹」が論理的に展開した結果、意外な事実が生まれる面白さの映画ならば、この映画は主人公が「超目標」を持ってクライマックスに向う映画ではなく、劇的な構造に置かれた登場人物の情感が描かれます。「映画は空気・雰囲気を映すもの」というのが私の考えにぴったりはまっています。
主人公は高倉健さんが演ずる英治は北海道警の警察官。オリンピックの射撃選手でもありました。高倉健さんと言えば礼儀正しくて、寡黙。ストイックなイメージがありますが、この映画でも本領を発揮します。
東京オリンピックマラソン銅メダルの円谷幸吉選手が自殺したとテレビで報じられるシーンがあります。「父上様母上様 幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません」という遺書の声。30人近くの名前をひとりひとりあげて、言葉を掛ける円谷選手の優しい人柄のにじみ出る文章には涙が溢れて仕方がありませんでした。(この遺書は名文として有名で、井上ひさしさん、川端康成さん、沢木耕太郎さんなど多くの作家が絶賛しています)
通り魔犯の妹が心を寄せる宇崎竜童さん演ずる暴走族のチンピラ。出会いは英次との殴り合いからはじまって捜査に協力、一貫性のない性格がとてもリアルです。
後半は倍賞千恵子さん演ずる居酒屋の女将さんとの出会い。店に入ってからカウンターを挟んで女将と客、男と女の会話が繰り広げられるのですが、何気なくリアルで息のつまるようなとても長いカットが印象的です。
居酒屋のテレビにNHK紅白歌合戦の八代亜紀「舟唄」が流れる。ブルーレイのカバーにもなっている二人だけの店内のシーンは一度見たら、きっと忘れられないものになります。
- 駅 STATION - Wikipedia(ネタバレの細かいストーリーあり)
14.同胞
この映画に登場する「統一劇場」は実際にあった劇団です。「統一劇場」から「ふるさときゃらばん」、「現代座」、「希望舞台」という劇団が分離独立しているようですが、本体の統一劇場はどうなったのでしょうか・・・。
この映画のクライマックスは統一劇場の舞台「ふるさと」のシーン、松尾村の自然、黙々と農作業をする寺尾聰さん演ずる高志の姿が交互に描かれ、音楽は倍賞千恵子さんの歌う「ふるさと」。
このクライマックスの構成は日本一の脚本家と言われた橋本忍さんと山田洋二さんの共同脚本「砂の器」のクライマックスに似ています。
家族がライ病が出たために村を追われ、やむなくお遍路姿で巡礼する父と子の姿、刑事捜査が進んで追いつめられていきます。お遍路の子が立派な音楽家になり組曲「宿命」の発表されている舞台。それらのシーンに合わせて流れる組曲「宿命」。
比較してみるのも興味深いです。
詳しくは以下のブログに以前書きました。
- 農村青年を応援したくなる映画・山田洋次監督の「同胞(はらから)」(1)
- 山田洋次監督の「同胞(はらから)」(2)・本物の青年団は役者さんよりリアル
- 山田洋次監督の「同胞(はらから)」(3)・40年目の同窓会
13.卒業
ストッキングを履こうとしている足ごしのダスティン・ホフマン演ずるベンジャミン・ブラドック。高校生の頃、この大胆なポスターを見た記憶があります。見たのは高校のあった田舎町で、そこの小さな映画館で上映するためのポスターだったようです。
ベンジャミンの卒業記念パーティー。幼なじみエレーンの母、ミセス・ロビンソンに誘惑されます。強引なロビンソンに無気力なベンジャミンは溺れます。
無気力な大学院までの夏休みを過ごしているベンジャミンにエレーンをデートに誘うよう言います。ベンジャミンはエレーンに心を引かれ、母と娘との三角関係になってしまいます。
ラストの花嫁略奪シーンはパロディとしてコントに使われるほど有名。
「サウンド・オブ・サイレンス」、「ミセス・ロビンソン」、「スカボロー・フェア」、「4月になれば彼女は」など大好きなサイモン&ガーファンクル の音楽が流れるのも魅力です。
12.恐怖の報酬
1953年のフランス映画。日本でテレビ放送が始まった年ですね。舞台であるベネズエラの小さな街には仕事がなくて、生活にも切羽詰った男たちがゴロゴロしています。
そんなある日、油田が火災になり、火を消すためのニトログリセリンを運ぶ命がけの仕事が舞い込みます。選ばれたのは、マリオ、ジョー、ルイージ、ビンバの4人。彼らは2台のトラックに分かれて、500km先の目的地に向かいます。
60年以上前の映画で、今のような特撮技術もCGもありません。しかし、ピーンと張り詰めた緊張感が伝わってきます。
予断ですが、「スーパーマリオブラザーズ」のマリオとルイージはこの映画から生まれたのではないかという話があり、「恐怖の報酬 スーパーマリオ」をグーグルで検索すると約 4,890 件のヒットがあります。
ベレー帽をかぶったルイージが、マリオに似ていますね。
11.生きる
胃がんで「あと半年しか生きられない」と宣告された男の話です。残された半年の時間をどう使うか。渡辺勘治は日本を背負って立つような男ではありません。くそ真面目が取り得の平凡な市民課長の物語です。
クライマックス。雪の降る夜に公園でブランコをこぎながら志村喬演ずる渡辺勘治が「ゴンドラの唄」を歌います。
いのち短し恋せよ乙女
紅き唇褪せぬ間に
熱き血潮の冷えぬ間に
明日の月日はないものを
このシーンで渡辺勘治が考えていることが、彼にとっての「生きる」ことだったのでしょう。私もこんな風にしてブランコを漕ぎながら人生の最後を迎えたい、そう思います。
「 決定版!日本映画200選―ビデオ&DVDで観たい」の中で佐藤忠男さんは、「生きる」の解説で次のように言っています。
第二次大戦の敗戦によって、多くの日本人は生きる目標を失なった。それまで、国家の示す方向を自分の生き方の目標にすれば良いと思っていた人々は、とつぜん、国家は嘘つきであり、正義でもなく、頼りにならないということを知らされて呆然となった。
その時代にもっともすぐれた映画をつぎつぎと発表して日本人に勇気を与えたのが黒沢明である。生きることの意味は国家から与えてもらうのではなく、ひとりひとりが自分で苦悩の中から見つけ出すべきものなのだ、ということがその一貫した主張だった。
日本人は国から生きる目標を与えて貰った人が多かったのでしょうか?
パリ同時多発テロの背景を描いた「なぜ若者たちは過激思想に走るのか」という記事がありました。(毎日新聞 2015/12/11)目標を与えられた人生は苦悩が少ないと誤解してしまったのかもしれません。