シロッコの青空ぶろぐ

高卒シニアが低学歴コンプレックス脱出のため、放送大学の人間と文化コースで学んでいます。通信制大学で学ぼうとする人を応援したい。学んで成功する人が増えれば、私のやる気も燃えるはず。

ドキュメンタリー映画『夢と狂気の王国』:知れば知るほど面白いスタジオジブリ

夢と狂気の王国 [DVD]

目次

スタジオジブリの弾けるような人たち

 『夢と狂気の王国』は面白いドキュメンタリー映画でした。スタジオジブリの人々を描いたもので、『風立ちぬ』を生み出そうとする宮崎駿さんの姿を中心にストーリーが進行し、グイグイとジブリの世界へ引き込まれます。

 『夢と狂気の王国 [DVD]』を観ることになったのは、『風立ちぬ』について調べているうちにこの映画の存在を知り、スタジオジブリに対する興味が広がったから。

 岡田斗司夫さんがこの映画を基に話していることも多く、スタジオジブリについて知れば、もっと映画に詳しくなれるかも知れないと期待しました。アニメは全てが計算から生まれ、偶然に生まれるシーンはありません。実写映画よりも、アニメから学ぶことは有意義なこと多いと考えたのです。

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見終えての感想は、スタジオジブリがわかって面白かった。

それでは、「面白い」とはどういうことでしょう。

ドキュメンタリ作家の佐々木 健一さんは『「面白い」のつくりかた 』で、ラグビーW杯を例に「面白い」を説明しています。

人々の関心を呼ぶ=差異を感じている

・・・・あの勝利は、あくまで日本では注目度の低い「ラグビーW杯初戦の一勝」という扱いに過ぎませんでした。

 しかし、程なくして海外での反響が聞こえてきて、どれだけ凄いことかという差異を日本のマスメディアも感じるようになります。そして、それまでラグビーW杯への関心が低かった日本国内でも連日、ラグビー日本代表の話題で持ち切りとなりました。多くの国民がラグビーに対して、

「ルールも分からないし、代表選手のこともよく知らない」

と食わず嫌いをしていたのが、劇的勝利のニュースをきっかけに選手の個性やチームの戦略などについて、

「知れば知るほど奥が深い」

と、差異を感じるように変化していったのです。(pp. 13-15)

これです。私が感じた『夢と狂気の王国』の面白さは、佐々木 さんのいう〈「知れば知るほど奥が深い」ということでした。そして、スタジオジブリの人たちの生き方は私の理想とする生き方であり、ふだん過ごしている日常とは違った世界でもありました。

何が面白かったかというと次の三つです。

  1. 宮崎アニメがどのように生まれるのか、アニメを作る様子が面白かった。
  2. スタジオジブリがどのようにして生まれたのか、人の出会いが面白かった。
  3. 職場としてのスタジオジブリが普通の職場と違って面白かった。

 私が感じた〈面白さ〉はどんなものだったのか。どんな「それまで宜常や平穏、常識といった普段の安定した状態に比べて、何らかの差異がある出来事や事柄」(p. 13)が描かれているのかを書いていきます。

宮崎アニメはどのように生まれるのか

 アニメが制作する様子をじっくりと見るのは初めて。その世界を知るのは楽しく、強く興味を惹かれました。

 この「面白さ」は佐々木 健一さんが話したラグビーW杯の話と同じです。ラグビーW杯のときは、選手の名前も知りませんでしたが、キャプテン・「リーチマイケル」選手、独特のルーティンからキックをする「五郎丸歩」選手など、「知れば知るほど奥が深い」と感じました。

 それと同じようにジブリスタッフの名前を知ります。宮崎さんの隣にいつもいる三吉(みよし)さん、プロデューサーの鈴木敏夫さんは知っていましたが、法務なのでスーツを着ている野中さん、『かぐや姫の物語』をプロデューしている西村さん、長年ジブリに居着いている猫のウシコ・・・多くの人を知り、ジブリの世界が私の記憶に残りました。

 映画が始まると、宮崎さんが『風立ちぬ』の絵コンテを描いている様子が描かれ、ストップウォッチが重要な役目を果たすのがわかります。映像を思い浮かべては、それをストップウォッチで計る。時間の概念が重要なのです。アニメータはみんなストップウォッチを持っています。指でフレームを作り、絵コンテをズームアップ、ズームアウト、パンさせる宮崎さんの姿も興味が湧きました。面接授業「映像編集の基礎と実践」で映像編集を学んだところです。千葉や幕張の紹介動画を作りたくなりました。

宮崎さんは脚本を書きません。2年もかけて絵コンテを描いているそうです。『崖の上のポニョ』が生まれる様子を描いた「プロフェッショナル仕事の流儀」では、キャラクターを生み出し、メインになるイメージの絵を描いていました。『風立ちぬ』でも同じように先にキャラクターを生み出し、メイン・イメージの絵を描いたに違いありません。*1

 作画がスタートするのは絵コンテが完成する1年以上前。実写映画でも絵コンテのようなものを描く監督さんがいますが、アニメほど厳密である必要はありません。役者さんの演技力、衣装、美術など、スタッフが力を発揮しますが、宮崎アニメはほとんどを宮崎さんが一人で生み出します。

 役者さんが演じる主人公「二郎」の声が宮崎さんのイメージに合わず、誰に演じて貰うかアイディアを出し合う会議のシーンがあります。宮崎さんは「二郎」を豊かな感性で感情を表現する人間に描きたくないのです。「素人がやったほうが、まだ感じが出るのではないか」と鈴木さんがいい、庵野秀明監督の名前が出てくると、宮崎さんは「庵野にやらせるわけにはいかない・・・」と言いながらも、庵野監督に決まっていきます。

 庵野秀明監督のオーディションやアフレコのときに見せる宮崎監督の反応は、この映画の一番の見どころでしょう。庵野秀明さんは他の作品では監督をしていますから、自分に期待されている役割は十分に理解しています。声の調子を変えて、「ありがとう」を色んな調子で何度も言ったりします。

 「二郎」の声が庵野監督に決まるシーンは再現ドラマではないかと思いました。何台もカメラを用意して、適切に切り替えないと撮影出来ないようなシーンだからです。それにアイディアが会議のときに生まれるというのは少ないものです。だからと言ってこの映画が事実を描いていないという意味ではありません。わかりやすく表現してあるということです。

スタジオジブリが生まれた経緯

 映画は、鈴木敏夫プロデューサーが宮崎駿さんと出会ったこと語られ、高畑勲さんと宮崎駿さんが出会ったこと語られます。3人の出会いが運命的なもの感じますが、現実を調べてみると、雑多な選択肢から徐々に太いつながりになっていったのがわかり、歴史というか、物語が生まれる様子には興味深いものがあります。

 35年前、徳間書店に勤務していた鈴木さんは、「アニメーションの雑誌を”3週間後”に創刊せよ」という無理難題を突きつけられます。アニメーションの知識が皆無だった鈴木さんは、必死で情報を集め、たどり着いたのが、当時「未来少年コナン」を製作中の宮崎さんでした。鈴木さんは宮崎さんに漫画の連載を依頼します。それが後に映画になる「風の谷ナウシカ」です。

Wikipedia をみると、雑多なことが書かれています。「スタジオジブリ」は設立されたものの、経営方針が対立して常務が退社して鈴木敏夫さんが就任します。徳間書店の収益確保のために吸収合併されたり、同年『もののけ姫』完成後に宮崎駿監督が退社したりと、鈴木さんと宮崎さんが出会ったものの、一筋縄には進んでいないのです。

宮崎駿さんと高畑勲さんは東映動画で出会っています。東大文学部仏文科を卒業した高畑勲さんが東映動画に入り、その4年後に学習院大学を卒業した漫画家志望の宮崎駿さんがアニメーターとして入社。師弟関係になります。

 宮崎駿さんは高畑勲さんを「性格破綻者」だと言い、鈴木敏夫さんは、決められた予算、決められた期間で映画を作ったことがない、と言います。それでも、一緒に仕事をしているのは、高畑勲さんがいかに大きな存在であるのかが、よく理解できました。高畑勲さんをジブリのオマケのようにしか思っていなかった私が恥ずかしい・・・。

職場としてはどうなの?

 アニメは数万枚の絵を描かなくてはならず*2、多くのアニメータを必要とします。ジブリには美術館を含めて400人近い人が働いていて、『風立ちぬ』だけでも100人以上のスタッフが関わっていることが紹介されます。

 夢を作るのが仕事であり、絵を描く才能を必要とする特殊な仕事ですが、ジブリは職場としてはどうなのでしょう。

 ジブリには社内保育園があり、24人の子供がいます。
 女性アニメータは「思っていたより、なんか楽しい会社でしたね。なんか、会社っていうか学校みたいな」と言います。宮崎さんは東映動画に労働組合の書記長をしていたことがあります。そういう経験が生かされた職場のようです。

 絵の上手い人にとっては楽しい職場かと思えば、厳しい要求もあります。こんな張り紙のカットがあり、印象に残りました。

去って欲しい社員の条件
1.知恵のでない社員
1.言わなければできない社員
1.すぐ他人のちから似頼る社員
1.すぐに責任を転嫁する社員
1.やる気旺盛でな社員
1.すぐ不平不満をいう社員
1.よく休みよく遅れる社員

逆に表現して目標として掲げる職場はありますが、「去って欲しい社員」と言い切るところが厳しい・・・。

 スタジオジブリを東小金井に作ると、宮崎さんがスタッフに語る古い動画が挿入されます。

 宮崎さんは、面白い映画を作るのが目的、終身雇用の保証はいっさいしない、会社は金の流れで決まるが、会社が繁栄してもしょうがない、それよりもそこにいる人間がやりたいことと能力を身につけることが大事だ、と言います。ジブリが魅力がなくなったらさっさと辞めたほうがよいといい、そうなったら宮崎さんはまっさきに辞めると言います。

 「スタジオジブリ#沿革」をみると、1997年に宮崎さんが退社して、1999年にスタジオジブリ所長として復帰しています。自分で作ったAppleを退職して復帰したスティーブ・ジョブズみたいで、お金のために会社を作ったんではないのがよく分かるエピソードです。

 スタッフにとってはやり甲斐はあるでしょうが、厳しくて辛いことも事実のようです。

庵野秀明さん、「宮崎さんにとって、スタッフはゲタだから」。

宮崎さんの要求に答えているうちにくたびれてしまう人はいると思う。要求に答えきれずに、ダメだって挫折してしまう人も・・・。上手い人は平気なのかなと思うと、上手い人も逃げていっちゃうときがある。上手ければ上手いほど要求がある。自分を犠牲にしてでも一緒に仕事をして得たいものがある人じゃないと大変だと女性アニメータは言います。

 『風立ちぬ』が完成し、試写会が行われます。試写が終わったあと、手をとりあって涙しながら、喜び合う女性アニメータの姿は美しいものでした。この映画のために十数万枚の絵を描き続ける。よい作品に関わり、名作として残れるなら、それがスタッフの誇りになるに違いありません。

 『風立ちぬ』は素敵なプレゼントでした。

 アニメータのみなさん、ありがとうございます。

終わりに

 『夢と狂気の王国』を観ました。この映画を観ることになったのは、『風立ちぬ』について調べているうちにこの映画を知り、興味が広がったからです。

 そして、何が面白かったかについて書きました。宮崎アニメが生まれる様子が面白かった。スタジオジブリが生まれる経緯が面白かった。職場としてのスタジオジブリがが面白かった。

 この映画を見て一番すごいと感じたのは、砂田麻美監督がジブリの中にすっかり入り込んでいることです。それは末期がんの父を描いた『エンディングノート』を撮影しているときと同じようにジブリスタッフにカメラを向け、質問しているからだと思います。

 宮崎駿監督は次回作『君たちはどう生きるか』に取り組んでいるそうです。吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』は、主人公のコペル君がおじさんと対話しながら考えを深めていく話ですが、そのままアニメになるものではありません。

 Wikipedia によると「1か月に1分間のペースで制作中」だそうで、完成は2023年頃になるそうです。『風立ちぬ』の次回作という流れもあり、タイトルからして楽しむために観る映画ではなく、「君たちはどう生きるか」と問いかけてくる映画になるのではないかと予想しています。

 どんな映画なのか完成が楽しみです。上映されれば必ず見に行きます。

 

*1:絵コンテについて詳しく知りたい方は「プロが教える動画制作の絵コンテの書き方、構成表の作り方!初心者も実践可能なノウハウ」をどうぞ。

*2:アニメの作画枚数 1話あたりの原画のカット数、動画の枚数 TV・映画・ジブリ」『かぐや姫の物語』50万枚、『風立ちぬ』16万枚などアニメの作画枚数が紹介されている