シロッコの青空ぶろぐ

高卒シニアが低学歴コンプレックス脱出のため、放送大学の人間と文化コースで学んでいます。通信制大学で学ぼうとする人を応援したい。学んで成功する人が増えれば、私のやる気も燃えるはず。

宮崎駿監督『風立ちぬ』:日本帝国が破滅に向かう時代の戦闘機設計者を描く

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目次

単純明快な「楽しい映画」ではない

DVDをレンタルして『風立ちぬ』を見直しました。

2013年に公開されたときに劇場で見た映画ですが、そのときは深く感動することもなく、今でも印象に残っているのは、紙飛行機を飛ばすシーンくらいです。

しかし、最近、岡田斗司夫さんの話を聞く機会があり、*1気持ちが変化しました。強く印象に残らなかったのは、私がシーンの意味を理解できなかったからです。このままシーンの意味を見過ごして、『風立ちぬ』を理解できないままではいたくありません。DVDを見直して『風立ちぬ』の魅力をしっかりと把握したいと願うようになりました。

ネットを検索したところ、宮崎駿監督が「企画書」を公開しているのがわかりました。企画書にはこう書かれています。

    私達の主人公二郎が飛行機設計にたずさわった時代は、日本帝国が破滅にむかってつき進み、ついに崩壊する過程であった。しかし、この映画は戦争を糾弾しようというものではない。ゼロ戦の優秀さで日本の若者を鼓舞しようというものでもない。本当は民間機を作りたかったなどとかばう心算もない。

(「宮崎駿監督作品『風立ちぬ』・企画書」より)

ところが、私は堀越二郎というゼロ戦設計者がヒーローとして活躍する姿を期待して映画をみました。

佐藤忠男さんが、映画ファンの心理を『映画をどう見るか 』の中で解説しています。

映画は「自惚れ鏡」であり、「その鏡で見ると、自分という人間が実物よりずっと素晴しく見える鏡である」、「ファンは、スクリーンのなかに理想化された自分自身を見て、それに惚れるのである」と。
私が主人公に理想化された自分を重ね合わせたかったのに、映画は堀越二郎を賛美するものではなかったのです。

それが分かって、宮崎駿監督の「企画書」を踏まえ、『風立ちぬ』のDVDを借りて見直しました。『風立ちぬ スタジオジブリ絵コンテ全集19』も購入しました。

宮崎駿監督は、『風立ちぬ』で観客を楽しませようとはしません。だからと言って、「つまらない」のかと言うとそうではなく、その生き方をまるごと受け止める。そんな姿勢で、見るべきなのだと思いました。

「自惚れ鏡」の裏にある現実

佐藤忠男さんは「自惚れ鏡」の話を次のように続けます。

戦後の日本映画でもっともみごとな自惚れ鏡でありえた作品として、木下惠介の「二十四の瞳」('54)をあげることができるだろう。

(略)

しかし、これはじつに巧妙な錯覚であるといわなかればならない。なぜなら、この墓に眠っている教え子たちは、けっしてあの可愛らしい子どもとして死んだのではなく、大日本帝国軍人として、もしかしたら、残虐な人殺しとして死んだのである。

映画をどう見るか 』「二十四の瞳」にみる巧妙な錯覚 p.23-24

つまり、『二十四の瞳』には、大石先生の視点から「可愛らしい子どもが被害者になった」という〈巧妙な錯覚〉が描かれています。

しかし、宮崎駿監督の『風立ちぬ』はその描き方とは違って、「自惚れ鏡」の部分だけでなく、『二十四の瞳』で言えば大日本帝国軍人としての姿が描かれているのです。

最近、櫻井翔さんのインタビューが大炎上しました。

news.livedoor.com

櫻井翔さんが、真珠湾攻撃の元日本兵に「殺してしまったという感覚は?」と質問したことに対して批判が殺到しました。これも、暗部までしっかりと聞くことに意義があると考えた櫻井翔さんの行動が、都合のよい部分だけに光を当てたい人が反発した結果でしょう。

『風立ちぬ』の主人公が設計するゼロ戦は戦闘機です。敵機を撃墜し、戦艦や空母に魚雷/爆弾を投下します。結果として多くの命を奪います。中国の重慶爆撃、真珠湾攻撃など多くの戦闘に使われています。宮崎駿監督は、それを特に戦争を糾弾することもなく、堀越二郎をヒーローともせず、戦争の時代に生きた技術者を描いたのです。

あとは、見た人がまるごと受け止める。それでいいのだと思います。

見直して分かったこと

映画館でみたときには、それほど印象に残る映画ではありませんでしたが、岡田斗司夫さんの話を聞き、宮崎駿監督の企画書を読んでから、『風立ちぬ』を見ると、いろんなことが分かります。

見直したからこそ分かったことを書いていきます。

里見菜穂子とは誰か

オープニングは久石譲さん作曲のマンドリン曲「旅路」が流れる中、「風立ちぬ」とタイトルが現れます。

www.youtube.com

そして、次の一節が紹介されます。

Le vent se l※(グレーブアクセント付きE小文字)ve, il faut tenter de vivre.

風立ちぬ、いざ生きめやも。

    PAUL VAL※(アキュートアクセント付きE)RY

    ポール・ヴァレリー
    訳 堀辰雄

なぜ、映画はこの言葉から始まるのでしょう。

その答えは、宮崎駿監督の「企画書」にあります。主人公が実在した堀越二郎と同時代に生きた文学者堀辰雄をごちゃまぜにした人物であること、美しい薄幸の少女菜穂子との出会い別れを通して、1930年代の青春を描くことが書かれています。

また、Wikipedia を読むと、『風立ちぬ (小説)』が堀辰雄の実体験をもとに書かれた小説であり、重い病に侵され、死を迎える婚約者をしっかりと見つめながら共に生きる姿が描かれた小説なのが分かります。

最初に映画館で観たときと違って、いろんなことが分かりました。また、それと同時に疑問も生まれました。それは、怪我を手当をして背負って家まで贈るのはヒロインの菜穂子ではなくて、侍女の「お絹」だということです。

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(「風立ちぬ(2013)作品静止画」より*2

群馬県藤岡市から上京するときに菜穂子と出会います。二郎が飛ばされた帽子を同じ汽車の乗っていた菜穂子に取ってもらいます。

その後に関東大震災が起こり、二郎は菜穂子と侍女の「お絹」を助けます。シャツに含ませた水を飲ませ、「お絹」の骨折をした足に計算尺を添え木にして手当し、「お絹」を背負って自宅まで送り届けます。それから何年か後に、そのときの計算尺とシャツを返しに「お絹」が現れますが、二郎は計算尺とシャツだけを受け取り、「お絹」には会えなかったというエピソードです。

作者はなぜ、怪我をしたのを「お絹」として物語を構築したのでしょう。二郎と菜穂子の物語ですから、普通は菜穂子を背負う展開にさせたくなりそうです。

しかし、怪我をしたのが菜穂子だったら、二郎はあれほど積極的に行動はしなかったように思います。その理由を考えると、まず、二郎は東大を主席で卒業するほどのエリートですが、目が悪いことから操縦士にはなれず、眼鏡にコンプレックスを持っていそうです。それに、庄屋か何かの豊かな生まれとは言え、群馬県藤岡の田舎者ですし、関東大震災が起きたのは1923年(大正12)のことですから、都会の上流階級の華やかな菜穂子の身体をピッタリと接して背負うのには抵抗があるように思えます。

それに比べて侍女の「お絹」なら、着ているのも質素な着物だし、気楽に背負えるでしょう。そして、若い二郎にとっては、若い菜穂子よりも、成熟した大人の「お絹」に心がときめくかも知れません。

と、ここまで書いて「お絹」が着ているのが着物であることを確認しようとして、『風立ちぬ スタジオジブリ絵コンテ全集19』をみると、気になるト書きがありました。

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p122

二郎「きっともどります心配しないで」

p123 

二郎を見上げる菜穂子のカット。

お絹こころもとないながら、

絹「はい」

二郎が王子さまに見えた。うなづく

二郎「トランクをお願いします」

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菜穂子が「お絹」に計算尺とシャツを届けさせたのは、お絹を助ける二郎が王子様に見えたからです。菜穂子はきっかけを求めたけれど、そのときは気持ちにすれ違いがあったようです。

王子さまに見えたカット・・・気がついた人はいたのでしょうか。

岡田斗司夫さんは、二郎は自分よりステータスの低いアプローチしやすい女性にだけ声を書ける、だから、夢のシーンで二郎の飛行機に手をふるのは紡績工場の女工さんだと言います。菜穂子が「王子さまに見えた」ことを見逃しているのかも知れません。

菜穂子との別れも印象的です。

菜穂子は吐血して療養所にはいります。抜け出した二人は夫婦になり、上司の黒川の離れに住みます。しかし、二郎が設計した飛行機の完成を見届けると、置き手紙を残して療養所に戻ります。

黒川夫人は「美しいときだけ、好きな人に見てもらったのね」と言います。菜穂子の病は悪化し、亡くなりますが、その後の二人は描かれません。現実に二人は逢わなかったのでしょうか。映画を見る人には「美しいときだけ、好きな人に見てもらう」という菜穂子の願いは叶ったようにも見えます。

しかし、それが菜穂子の美学だとしても、一人で死んでいくのは寂しくて辛い。好きな人が苦しみながら死んでいく姿を目にするのは切ないけれど、立ち会ってあげたいと思うのが人情です。二郎は菜穂子の表面的な願いを叶える合理的な男なのかも知れません。

NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」をみて、菜穂子が結核なのは脊椎カリエスだった宮崎駿監督の母をモデルにしていると思いました。宮崎の母は、宮崎が抱っこしてとせがんでも泣きながら断ったそうです。美しい宮崎の母の写真が印象的でした。

サイコパス的に美しい飛行機を追う二郎

映画公開のときには、ゼロ戦設計者が活躍する姿を見たくて映画館にいきました。しかし、いろんなことが分かると、サイコパス的に美しい夢を追う二郎が描かれているのが分かります。

戦闘機を作っているのに「機関銃さえなければもっと早く飛べるのに」というセリフは美しく高性能な飛行機を作りたいという夢が込められています。

二郎の声は『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野秀明監督が演じています。庵野秀明監督は役者でも声優でもありません。セリフは棒読みに近いものです。その感情がこもっていない声が、何を考えているか分からない二郎を表現するのに合っていると判断したようです。*3

庵野秀明監督の声は、抑揚が少なく、いかにも合理的な天才設計者の声にぴったりだと思いました。

西島秀俊さんが声を演じている同僚の本庄は、社会に対する観察力があり、人間の心理を見抜く洞察力もあります。それに対して主人公の二郎は、飛行機に関する技術は超一流ですが、人間味に欠ける設定になっています。

二郎たちは、名古屋の工場に向かう途中に、銀行に押し寄せる人たちを目撃します。二郎は、それが取り付け騒ぎであることを本庄から教えられます。

二郎が仕事帰りに買った「シベリア (菓子) - Wikipedia」を貧しい姉弟に、「キミたちひもじくない?」と渡そうとして拒否され、「お前、その娘がニッコリして礼でもしてくれると思ったのか」と本庄に諭されます。日本が導入するユンカースの飛行機の金額が莫大なこと、そのお金があれば、日本中の子どもたちに「シベリア」買ってもおつりが来ることを話します。

人格はどうであれ、美しく高性能な戦闘機を設計するのは二郎です。

時空を超えたカプローニとの交流

映画には「カプローニ」という不思議な人物が登場し、二郎と交流します。

カプローニは、イタリアの航空技術者「ジョヴァンニ・バッティスタ・カプローニ(1886 - 1957)」がモデルです。

例えば、電化製品で生活を豊かにする夢を追う〈松下幸之助〉少年とエジソンが夢を語れば楽しい会話が予想できるでしょう。二郎とカプローニはそのような関係です。ただ、美しい夢は兵器であり、人を不幸に導く道具を作ったことも共通しています。

Wikipedia『風立ちぬ』のイタリア語ページ「Si alza il ventoが充実しているのは、カプローニがイタリア人だからです。

映画に登場する飛行機が紹介されていて、イタリア語が分からなくても楽しい。

it.wikipedia.org

it.wikipedia.org

二郎と本庄がドイツに視察に行って見る飛行機がこれです。

ja.wikipedia.org

こんなことを知って映画をみると、何も知らないで見たときよりも、何倍も映画について考えることが出来ます。

終わりに

『風立ちぬ』を見直しました。『風立ちぬ』は、公開当時に映画館で観たのですが、それほど印象に残りませんでした。印象に残ったのは紙ひこうきを飛ばすシーンくらい。しかし、それは私が映画をよく見ていなかったのが原因だと知ったからです。

ゼロ戦設計者をヒーローとして捉えがちですが、宮崎駿監督の『風立ちぬ』は日本帝国が破滅に向かう時代の戦闘機設計者として描いています。

また、そのことを踏まえて調べ、多くのことを知って『風立ちぬ』を見ると、劇場でみたときとは違った、感動がありました。

宮崎駿監督は引退を宣言しましたが、撤回しています。

そして、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか 』をアニメ化しているそうです。

1か月に1分間のペースで制作中だそうで、その計算だと、完成は2023年頃になるそうです。

原作は話題になったとき読みました。どんなアニメになるのか楽しみです。

 

*1:最初に見たのは 【風立ちぬ⑤】ですが、それから、①から④、そして⑥と一気に解説を聞きました。

*2:「※画像は常識の範囲でご自由にお使いください。」とのことです

*3:参考:庵野秀明監督のコメント