シロッコ手習鑑

放送大学の心理と教育コースで学んでいます。人間と文化コースにも興味があります。学んだことを基に自分の考えを組み立てて伝えていきたい。

資料蒐集マニアの小説家が紀行文を書くとこうなる・井上ひさし「ボローニャ紀行」

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作者 Goldmund100 (Luca Volpi) 

 目次

ボローニャ紀行 (文春文庫)

ボローニャ紀行 (文春文庫)

 

紀行文の真似が出来ないか

ブログのアクセスが増えない、読者も増えない、と悩んでいます。旅のレポート記事を書いても出来上がるのはイマイチで、アクセスもそれほどありません。

井上ひさしさんの「ボローニャ紀行」を知り、これはブログを書くのに参考になるんじゃないかと読みはじめました。小説を真似するのは無理でも、紀行文なら真似できるかも知れないからです。

しかし、読み始めるとそんな期待はすぐに打ち砕かれました。 ミラノに到着した井上ひさしさんが鞄を盗まれました。その中には大切なノートが入っていました。ノートは井上ひさしさんが、30年間に渡って書き溜めたメモを整理して清書したもの。言わば、井上ひさしさんの長年のボローニャ研究の成果を盗まれてしまったのです。

30年間もボローニャについてメモを書き溜める。うむ、これは簡単には真似ません。それにこの本はガイドブックのような名所を案内したものでなく、ボローニャの社会を運営しているシステムを紹介しているのです。でも、そこは小説家であり、戯曲作家の大家。面白く書いてありますから、最後まで興味深く読み通せました。

最初の章のラストは 、井上ひさしさんが奥さんに「鞄を盗られてしまった」と報告します。

「イタリアを甘くみたわね。ハハハ」と奥さんは笑い飛ばし、イタリアは職人の国だから泥棒も凄いのだと、ナポリでアメリカの潜水艦が盗まれた話を聞かされ、ホラなのか本当なのか思っているうちに話は終ります。

なぜ、ボローニャなのか

ボローニャって、知ってました? 私は市川のパン屋さんしか知りませんでした。

有名な観光地でもないのに、なんでボローニャに行ったのか。読みすすめると徐々に分かってきます。

ボローニャは革新自治体として戦後復興をした街です。革新ならではの「ボローニャ方式」を生み出しました。井上ひさしさんは革新が大好きですからボローニャなんですね。 

ドイツに占領されたボローニャをナチスと闘い解放した人の多くが共産党員、社会主義者でした。そのことから、革新自治体になっようです。

イタリアは日本・ドイツと同じ枢軸国じゃなかったの? そう思う人がいるかも知れません。連合軍がシチリア島に上陸すると、イタリア王国は降伏。ムッソリーニが逮捕されてイタリアに新政権が生まれます。新政権は休戦を表明。ドイツ軍はムッソリーニを奪い返し、イタリア全土を占領してしまったのです。

 ボローニャは革新自治体として復興を進めることになりますが、中央政府から資金が入らなくなってしまいます。アメリカがマーシャル・プランと呼ばれる大規模な援助して、共産主義の浸透を防止しようとしたからです。

ボローニャにはドミニコ修道会の総本山であるサン・ドメニコ教会があります。そこを井上ひさしは訪ねたかったのですね。

井上ひさしさんは小さいときにお父さんをなくし、生活の苦しいお母さんは仙台の孤児院に井上ひさしさんをあずけます。そこがドミニコ修道会によるものだったのです。高校を卒業してからも修道会のお世話になって上智大学で学んでいます。このへんのことは「聖ドメニコ、わが恩人」という章に書かれています。

井上ひさしさんがボローニャに行きたい理由はこのふたつ。そこに井上ひさしさんのボローニャ好きを知ったNHKが、これを利用しないという手はないでしょうと、「ボローニャ紀行」が実現したようです。

ボローニャのいいところ

井上ひさしさんは「ボローニャ」のいいところをどんどん書いています。

ボローニャには欧州最古の大学と言われるボローニャ大学があります。創立が1088年で有名な卒業生に、ダンテ、コペルニクス、ガリレオ・ガリレイなど。

驚いたのはイタリアのほとんどの高校、大学には入学試験がないということ。ですから、ボローニャ大学には学生が11万人もいます。しかし、卒業できるのは半分にもならないそうです。

だれでも入れるのかというと、イタリアは高校の卒業試験が難しい。さらに大学となると、単位認定試験は全て筆記試験と口述の併用。しかも、口述試験は全て公開で行なわれ、学生や市民も見学にやってくるそうです。卒業できなかった学生はとうなるのか・・・心配になりました。

それと、ボローニャでは使われなくなった公共施設は無料でボランティア団体に貸し出します。社会的協同組合が広い土地と建物を借りていて、ホームレス劇団の運営もしています。

貯蓄銀行や投資銀行が文化やスポーツに積極的に資金を提供しているということも紹介されていました。

「イタリアに言ったら靴を誂えろ」という諺があるので、ホテルの裏の靴屋さんに行くと「二ヶ月くらいかかるが、それでよろしいいか」と言われます。採寸して利き足の靴を作り、それを一ヶ月履いて感想を聞き、それから本式に靴を作る。そんな話を聞かされます。ワイシャツのフライも紹介され、イタリアがファッシンにうるさいのが分かります。

古いフィルムの修復で有名な「チネチカ」。四人の映画好きが作った社会的協同組合から始まったものです。

母会社の大切な技術を持ち出しても、分野の製品でなければいいそうです。ACMAという包装機メーカーから生まれたティーバッグ製造機のIMAが紹介されてました。

「ボローニャ紀行」というタイトルから、ボローニャの歴史、風土、文化が紹介されるのかと予想したのですが、「ボローニャ」のいいところを紹介して、それがなぜ生まれたのか、なぜ優れていると言えるのかを論じていきます。

ボローニャの良いところだけを書いた本?

読み始めるときから、井上ひさしさんが書いた本だからという安心感がありました。読者が楽しめるように書いてあるはずだからです。 
井上ひさしさんはボローニャ方式は素晴らしいといいます。政治家や地方自治体の職員全員にぜひ読んでもらいたいというレビューもあります。

でも、それは井上ひさしさんがボローニャの良いところだけを書いたからであって、現実のボローニャはそれほどでもないのではないか、そんなふうにも考えました。

あるイタリア研究者によれば「イタリア人も、機会があれば住んでみたいと考える町の第一位」なのも、本書を読めば納得できるでしょう。

ただし、ボローニャが最初からイタリアで最も経済的に豊かな地域にあり、要衝の地にありながら大きな戦乱に巻き込まれて荒廃することもなく、フィレンツェのように都市内の権力闘争に明け暮れることもなければ、ローマのように教会勢力に支配されることもなく、産業革命以降のミラノのように過密な一大工業都市にもならず、ナポリのように多くの低所得者を抱えないで済んだという、歴史的幸運ゆえのメリットを割り引かなくてはいけません。

筆者は「日本もぜひ見習いたい」というスタンスでボローニャを理想化していますが、イタリア国内でさえ、全ての都市がボローニャのようにはなれないことも念頭において読むといいでしょう。

 (アマゾン「一般読者むけの、ボローニャに関しては一番詳しい本」より)

「イタリア国内でさえ、全ての都市がボローニャのようにはなれない」といいますが、理想として学ぶことは多そうです。