シロッコ手習鑑

高卒シニアが放送大学の心理と教育コースで学んでいます。人間と文化コースにも興味があります。学んだことを基に自分の考えを組み立てて伝えていきたい。

義母の91歳の誕生日に食べた「いんば漁協」のうなぎは、今まで食べた中で一番おいしいかった

目次

義母の91歳誕生日を祝うために

11月21日は義母の91歳誕生日。お祝いをして感謝したいと考えてました。ホント、義母にはお世話になってばかりいるからです。

まず、炊事、洗濯、掃除・・・フル回転にお世話になっています。妻がいるときは、義母に家事を任せてばかりいるものですから、「親不孝な娘だ」というと、「運動になるから、ボケなくていいのよ」と言います。今は、私がしなければならない家事をやってもらってばかりで、「運動になるからボケなくていいか・・・」といい訳しています。すみません。

義母の娘と結婚した訳ですけれども、親子二人と結婚したようなもの。この歳になってもよく可愛がって貰っています。旅行に行くときなんか、「食事代」とかお小遣いを渡され、「子どもじゃないんだから」と断っても、「子どもですよ」と強引に渡されてしまします。 

「風と共に去りぬ」や「カサブランカ」、「哀愁」をリアルタイムで見た人ですから、よく昔の映画の話をして、「私より話が合うんじゃないの?」と妻に言われたりしたもんです。

そんなにお世話になっている義母なのですが、今回は「お花はもったいないからよこさないで」と言われてしまいました。

えっ? いつもあんなに喜んでいたのに・・・。

義母はとても喜び上手です。私が蕎麦やうどんを打てば、「こんな美味しいの食べたことない」と喜びます。うどんは丸亀製麺の方が旨いと思うし、蕎麦打ちは安定感ない・・・それでも「美味しい、美味しい」と言うものですから、張り切って蕎麦打ちしたりしていました。

花をプレゼントしたときも、喜んで見せてくれていたのか、私の収入が少なくなったから気を遣って言っているのか。義母のことだから後者なのかも知れません。

そんな訳で、プレゼントの花はなし。代りにお祝いを兼ねて成田の「宗吾霊堂」をお参りし、その足で印旛沼へうなぎを食べに行ってきました。

歌舞伎「佐倉義民伝」のモデル・佐倉惣五郎 

「佐倉惣五郎」って、知っていますか?

私が「佐倉惣五郎」を知ったのは小さな子ども頃です。この「一番はじめは一の宮」という歌い出しから始まる手まり歌を聞いた記憶があって、途中までなら、今でも歌うことができます。

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「佐倉惣五郎」がどんな人かを知ったのは妻に案内されて宗吾霊堂をお参りしてからのこと。Wikipediaの「佐倉惣五郎」にはこんな風に紹介されています。 

領主堀田氏の重税に苦しむ農民のために将軍への直訴をおこない、処刑されたという義民伝説で知られる。代表的な義民として名高いが、史実として確認できることは少ない。惣五郎の義民伝説は江戸時代後期に形成され、実録本や講釈・浪花節、歌舞伎上演などで広く知られるようになった。

佐倉惣五郎のお墓

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「宗吾霊堂」 は佐倉惣五郎が処刑された場所です。現在はお墓もお寺もありますが、直訴は重罪ですから佐倉惣五郎は罪人であり、江戸時代はお寺もお墓もありませんでしたが、村人たちはお参りをしていました。徳川幕府が瓦解すると近くにあった東勝寺が現在の場所に移転して現在のようになったのだそうです。

東勝寺宗吾霊堂山門 

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東勝寺宗吾霊堂

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身代わり地蔵

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身代わり信仰って勝手すぎるようにも思います。私が頸椎ヘルニアの手術をすることになったとき、義母は巣鴨の「ととげぬき地蔵」、「成田山」へお参りに行きました。

「身代わりになってくれるのよ」と言われると、「迷信ですよ」と笑う訳にはいきません。このときは有難くて、義母を拝みたくなりました。

宗吾霊宝殿

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「御一代記館」には直訴にいたるまでの経緯や処刑を描いた13場面が人形で再現され、「宗吾霊宝殿」には佐倉惣五郎にまつわるものが展示されています。

今回は義母の91歳誕生日がメインですので、「佐倉惣五郎」の詳しい話はまたの機会に。

宗吾霊堂から印旛沼へ

宗吾霊堂をお参りしたあとは印旛沼へ。うなぎを食べるのが目的です。宗吾霊堂から印旛沼に行く間には、七軒もうなぎを食べることが出来るお店があります。多いでしょう?

成田山の参道にもうなぎ屋さんがいっぱいあります。

ゆるキャラグランプリで成田の「うなりくん」が日本一になったというニュースがありました。

www.sankei.com

成田はうなぎの街なんです。

印旛沼へ向かう目的は「い志ばし」。

フジテレビの『とんねるずのみなさんのおかげでした』の「きたなシュラン」で、紹介されたお店です。一度妻と食べたことがあるんですが、とても人気のある店です。

「まだ、11時15分くらいだから混んでいないでしょう」と行ってみましたが、10人くらいの人が待っています。

ここはあきらめて、いんば漁協のうなぎを食べることにしました。

いんば漁協のうなぎ

宗吾霊堂から印旛沼へ行く途中には「宗吾旧宅」への入り口もありました。

www.jalan.net

「普通のウチよ」と義母がいいますので、通過。

印旛沼手前の「印旛沼漁協 水産センター」に到着。ここでうなぎを食べることにします。

この隣にはうなぎ・なまずを養殖している大きいプールのような養魚場があり、水車のようなものがパタパタ回っていました。浜名湖なんかにあるアレ、魚が多いから酸欠にならないように酸素を水に溶け込ませているんです。

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頼んだのは「特上」です。

うなぎは時間がかかりますから、待ちくたびれます。

お茶をガブガブ飲んで・・・。

 そして、来たのがこれです。

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箸でうなぎを持ち上げてみると、どっしりとして身が厚い。

身がしっかりしているので、「蒸していないんですかね」と義母に話かけてみました。

私は山奥の村に育って、うなぎなんて食べたことがなく育ちましたけれど、義母は子どものときからいっぱい食べているから詳しいんです。

「蒸してるわよ。成田山の『川豊』よりしっかりしてるわ。浦和のうなぎもこんな感じなのよ」と言います。

うむ。蒸し加減がなんとも言えません。タレの味はしますけれど、しっかりとうなぎの味がします。

このうなぎは、私が今までに食べたうなぎの中では一番おいしいと思う。

量もたっぷり。配膳のとき受け取ったお重がどっしりと重かったのを思い出しました。

義母はご飯を残してしまいました。

義母も孫も大満足でした。

「地蔵堂通夜物語」には登場しない「甚兵衛の渡し」

「印旛沼漁協 水産センター」の先にはかたちのいい松が生えている「甚兵衛公園」があり、こんな看板が立っていました。

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佐倉惣五郎の伝承は「東山桜荘子」、「佐倉義民伝」として歌舞伎で上演されます。

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(宗吾霊堂境内にある上演記念の植樹)

放送大学の図書館で「佐倉惣五郎」を検索すると二冊の本が見つかり、パラパラ眺めると良さそうなのでアマゾンから購入しました。

「地蔵堂通夜物語 」は一揆の時代の義民と呼ばれるヒーローを描いた物語を現代語に訳したもの、「佐倉惣五郎」は資料から史実について検証したものです。

「地蔵堂通夜物語 」に収録されている「地蔵堂通夜物語」と「佐倉義民伝」を読みましたが、「甚兵衛の渡し」は登場しません。歌舞伎にするときに創作として加えられたものだと思います。

地蔵堂通夜物語 (日本合戦騒動叢書)

地蔵堂通夜物語 (日本合戦騒動叢書)

 
佐倉惣五郎 (人物叢書 新装版)

佐倉惣五郎 (人物叢書 新装版)

 

 渡しがあったとされるあたりの印旛沼。「もち草があるわね」と摘んでいました。

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まとめ

義母の91歳誕生日を祝うために宗吾霊堂から印旛沼へ行ってきました。
最終の目的はうなぎを食べること。「いんば漁協のうなぎ」は今まで食べた中で一番おいしいかった。

お世話になって仲良く暮らしている義母ですかれども、ガチでケンカすることもあります。原因は孫のことなんですけれども、間に入る妻がいませんから直接ぶつかることも出てきたのです。

今年で91歳。去年が成田山にお参りして「川豊」でうなぎを食べ、今年は宗吾霊堂のお参りして「いんば漁協」のうなぎ。来年は帝釈天にお参りして「川千家」のうなぎを食べましょうと話ました。