ネタバレ注意
目次
老いを迎え入れるな
65歳になり、年金を受給するようになりました。会社へも行かなくなり、放送大学へ通う日々・・・だけど、若い者には負けたくない。PCだって、あなたが生まれる前から使っているんだ。
しかし、そうは言っても、現実には老いが迫って来ています。頭は白くなたってきたので染めてごまかし、身体の動きも衰え、思考能力も弱まっていくのでしょう・・・。
映画『運び屋』。クリント・イーストウッドが演じる主人公もそんな一人です。名前はアール・ストーン。実在の人物「レオ・シャープ」をモデルにした90歳近い退役軍人です。家族を顧みずに園芸に打ち込み、デイリリー栽培の達人として世界的な有名人でした。
しかし、インターネットが台頭すると、その変化に対応できず、家も土地も差し押さえられてしまいます。
そんなとき、「荷物を運んでくれ」 と頼まれます。運び終えると、驚くほどの現金が車の中に入っていました。メキシコ犯罪組織のコカインを運ぶ仕事だったのです。スペイン語で「おじいさん」を意味する「エル・タタ」と呼ばれ、ボスから信用されます。犯罪歴もなく、無事故無違反。何よりも90歳近い老人は警察もノーマークで都合が良かったからです。
大金が入ることでアールの生活は変化します。若いときのようにみんなからチヤホヤされます。勿論、いつまでも 犯罪生活が続くはずもなく、警察は組織の一人を司法取引でスパイに引き込み、運び屋を追い詰めていきます・・・。
『運び屋』は味のあるいい映画でした。
どんなところが良かったか。
- 構成・脚本が見事だった。
- 88歳のクリントイーストウッドがとてもチャーミング。
- 妻を看取るシーンが泣けた。
これらについて書いていきます。
「最も遠いリアル」
この映画は『ニューヨーク・タイムズ』の記事「The Sinaloa Cartel's 90-Year-Old Drug Mule」が原案です。
- There’s a True Story Behind ‘The Mule’: The Sinaloa Cartel’s 90-Year-Old Drug Mule - The New York Times
リンク先に逮捕されたときの録画もあります。
脚本はクリント・イーストウッドの『グラン・トリノ』を書いたニック・シェンク。
43歳で映画脚本デビューだそうですから、なかなか芽が出なかったのですね。
『グラン・トリノ』のラストはキレイすぎという印象がありましたが、『運び屋』のラストは納得いくものでした。
『運び屋』の脚本が素晴らしかった。それは、テーマが社会的テーマと人間的テーマが矛盾しているからです。悪の「運び屋」をすることによって、「老い・孤独」、「家族の絆」が回復される。これが両立しないのが悲しいところです。
あと、「こんなアイディアがありかよ!」と驚いたことがありました。アールを追い詰めたギリギリのところで、お互いに知らないアールと捜査官が会い、記念日を忘れていた捜査官を見て、「家族を大切にしろ」と言うんです。
こんなこと現実にはあり得ません。アールと捜査官が同じ人間的テーマを抱えているという設定が素晴らしい。
架空の映画で成立するなら何を起こしてもいいのです。平田オリザさんが『演技と演出』の中でこう言っています。
言い換えれば、俳優は科学者に見えるのなら、何をやってもいいのです。俳優は科学者に見えるという範囲で、標準的(と思われている)な科学者像から、最も遠いところを探さなくてはなりません。私はこれを、「最も遠いリアル」と呼んでいます。p158
追われているアールが捜査官に人生のアドバイスをする。これぞ「最も遠いリアル」です。こう書いてみると『グラン・トリノ』のラストも「最も遠いリアル」を狙ったものなんだと納得してきました。
社会的テーマと人間的テーマについても、この本の p151あたりに書かれています。興味のある方は読んでみてください。
チャーミングな88歳のクリント・イーストウッド
園芸に打ち込み家族をないがしろにしてきたアール。事業に失敗して全てを失ったとき、自分が取り返しのつかないことをしてきたと気づきます。そんなアールに老い、孤独がせまります。
そこに舞い込んだ『運び屋』の大金でアールは輝きを取り戻します。そのアールを演じる88歳のクリント・イーストウッドがとてもチャーミングです。
- 広大な砂漠をドライブするアールが生き生きしてる
サングラスのイーストウッドが車を走らせます。
ポッポコーンでしょうか、何かを頬張りながら、音楽に合わせて身体をゆする。前半は車を走らせるアールが何度も映されます。ドラマが進展する訳でもないのに、クリント・イーストウッドの姿だけで映像になってしまいます。 - 今まで着たことのないようなキザな姿のイーストウッド
高額な寄付をする。白いスーツ・白い中折れ帽に赤い蝶ネクタイのイーストウッドでパーティに参加する。 - 犯罪組織のボスに招かれてパーティに参加する
昔はプレイボーイで名を馳せたのでしょうか、踊る姿も気取らずに楽しみます。
ボスからの若い二人の娼婦がプレゼントされます。
このときのイーストウッドの自然な喜び。見ている私も嬉しくなってしまいます。
エンディングに ”Don't let the Old Man In ”が流れていました。字幕は「老いを受け入れるな」と訳されていました。
88歳のクリント・イーストウッド監督。若者には敵わない映画を作れるのに、老いていることが強調されるのは嫌だろう。
そんな思いで見てきました。
妻を看取るシーンが泣けた
家族を看取ったことがありますか?
父は見舞いに行った翌日だったら看取れなかった。母は既に意識を失っていた。祖父、祖母。母方の祖父、祖母。叔父・・・。
『運び屋』の仕事をしている最中に電話が入り、妻の元へいくアール。勝手な行動で組織から命を狙われるようになります。
アールは妻が息を引き取る前に行くことができて、妻を看取ります。家族をないがしろにしたことを詫びたいアール。彼の気持ちは妻に通じたのでしょうか。
「眠るように安らかに」とかいうけど、苦しそうです。
あぁ、自分もあんなに苦しくなるんだろうか、そんな思いも浮かびます。
こういうシーンを見ると、妻を看取れなかったのが悔やまれます。
2014年2月23日、日曜日。妻は失踪しました。
PCの消し忘れた検索履歴から、日光へ行く路線を何度も調べていたのが分かり、探偵さんに日光へ行ってもらいました。
しかし、何のてがかりもなく、4月3日に遺体が発見されたと電話がありました。
日光の山林で身元不明遺体 下野新聞
日光署は18日、日光市萩垣面の山林で身元不明の遺体が発 見されたと発表した。40~60歳代の女性とみられ、同署は身元の確認を急いでい る。 同署によると、同日午後1時50分ごろ、同所の山林で日光森林組合の男性職員(55)がマツに薬剤を注入する作業をしていたところ、横たわっ た状態の遺体を発見した。 女性は身長約160センチ、茶色の髪でショート。ベージュ色のダウンに白色パーカー、オレンジ色のハイネックセーターを着て、黒色ズボン、黒 色ショートブーツを身に付けていたという。
手がかりになるものは何も持たず、ビニール袋に入った現金とiPod-touch。
この iPod-touch の番号から警察は私を突き止め、電話をよこしたのでした。
大雪の降った年で、寒い中を雪のある山へ入り、私のプレゼントした iPodで音楽を聴きながら死んでいったのでしょう。あんなに寒いのが嫌いだったのに・・・。
寒い雨の夜とか、何かと思い出してしまうのですが、この映画でも思い出してしまいました。
まとめ
90歳近い老人が、メキシコの犯罪組織に依頼され、コカインの運び屋をする映画『運び屋』を観ました。
犯罪映画ですから、追う警察と追われるアールのサスペンスも大きな要素ですが、大金を手にすることで、アールが輝きを取り戻すのがメインのテーマだと思いました。そのアールを演じる88歳のクリント・イーストウッドがチャーミングでした。