シロッコ手習鑑

高卒シニアが放送大学の心理と教育コースで学んでいます。人間と文化コースにも興味があります。学んだことを基に自分の考えを組み立てて伝えていきたい。

子どもは学校へ行かないとダメなのか・奥地圭子「 不登校という生き方 教育の多様化と子どもの権利」

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(提供:photoAC ちゃぁみいさん)

目次

不登校という生き方 教育の多様化と子どもの権利 (NHKブックス)

不登校という生き方 教育の多様化と子どもの権利 (NHKブックス)

 

小学校を退職してフリースクールを作った奥地圭子さん

著者の奥地圭子さんは全国に先駆けて「東京シューレ」というフリースクールを作った人です。(1985年)

フリースクールとは、不登校になってしまった子供が、学習をしたり、安心してすごせる居場所を提供するための施設です。

この言葉を初めて聞いたのは15年くらい前。今でこそ、フリースクールについて少しは知っていますが、不登校の子どもがいるということは理解していても、初めてこの言葉を聞いたときは、ピンと来なかった記憶があります。

なぜ奥地さんはフリースクールを作ったのか。それは、お子さんが転校先の学校で、からかい、いじめ、先生への不信から、不登校になってしまったからです。お子さんは登校する時間になると頭痛、腹痛、吐き気が起こります。休むと治りますが、登校するとまた同じ症状がおき、ついに拒食症になってしまいます。

奥地さん、最初は、教師の息子なのに不登校とはみっともないと考えていました。

拒食症になって三か月、奥地さんは目からウロコが落ちる体験をします。

お子さんが児童精神科医の渡辺位(たかし)さんと二時間ほど話し合うと、「羽が生えたようにいい気分になった。こんな気分は何年ぶりだろう」、「腹減った、おにぎりが食べたい」と言ったのです。

渡辺位さんは、不登校は「自己防衛するための危機回避の動き」なのだから、異常視しないで、ありのままのその子を受け止めることが大切だと言います。

親なのに子どもの心に寄り添うことができていなかった。渡辺位さんの考えに共感した奥地さんは、小学校を退職して「東京シューレ」を開設し、学校以外の居場所を提供する活動を続けています。

そんな経験から、奥地さんは保護者、学校関係者に対して「不登校という生き方」を受容しようと呼びかけています。

受容しようと言われても、学校に行かなくてもいいのか、進学はどうするのか、就職はどうするのかと、保護者は不安は多いと思います。奥地さんは、経験を生かして、その不安に答えよう、新しい生き方を提案しようとしています。

保護者の不安にどう答えているのかを紹介し、学校に行かない生活について考えてみます。

なぜ学校へ行けなくなってしまうのか

学校へ行こうとすると、頭痛、腹痛、吐き気が起こる。病気だと思って休むと治り、治ったから登校しようとするとまた同じ症状が起こる。そんなことが不登校の始まりになることが多いそうです。

そして、身体的な病気ではないと分かってきます。それならば、原因を調べて取り除けば学校に行けるようになるのではないかと考え、子どもに聞いたりしますが、その原因をはっきりと説明する子どもはほとんどいません。

1980年代に文部省が行った調査では、不登校の原因の第1位は「怠け」だったそうです。えっ、怠けて学校に行かないの? 行きたくてもいけないのじゃないの? そう思うかもしれませんが、これは学校側の意見を収集したものだったから

この本には何種類かの調査が紹介されています。

  1. 1989年の奥地さんが作った「東京シューレ」でのアンケート
  2. 1998年、文部省が行った20歳になった不登校だった人に聞いた調査
  3. 2003年、文科省「生徒指導上の諸問題の現状について・不登校となった直接のきっかけ」。これは教師が答えたもの。
  4. 「東京シューレ」20周年記念事業として行ったOB・OGアンケート。

ここでは、2の文部省の調査を紹介します。

学校を休み始めた直接のきっかけ(複数回答)[文部省、1999年]

  1. 友人関係をめぐる問題 44.5%
  2. 学業の不振 27.6%
  3. 教師との関係をめぐる問題 20.8%
  4. クラブ活動、部活動の問題 16.5%
  5. 入学・転編入学・進級してなじめなかった 14.3%
  6. 病気をしてから 13.2%
  7. 親子関係をめぐる問題 11.3%
  8. 学校の決まりをめぐる問題 9.8%

(以下略)

この後、「東京シューレ」へはなぜ行けるのかを紹介し、奥地さんは学校は時代の変化に取り残されていると言います。全員、一斉に、同じペース・方法・内容で進めるのには無理があるというのです。 

こんなブログを見つけました。

blog.livedoor.jp

学校の先生が大変なことも分かります。

親は子どもに学校に行って欲しい

奥地圭子さんは、「学校と距離を取ろうとしている子どもの現実の状態をまるごと受け入れていただきたい」と言っています。それが、不登校の子どもに向き合う親の心構えとして必要だと。

でも、親は子どもに学校に行って欲しいと願っていますから、学校と距離を取ることを受け入れるのは簡単ではないでしょう。

子どもはどうなってしまうのか。そう心配する親に奥地圭子さんが対応をアドバイスします。要約するとこんな感じです。

  • 寝てばかりいる ⇒ 疲れているんだから仕方がない。
  • 頭痛・腹痛・発熱・吐き気 ⇒ 休んでいると症状が消えることが多いが、学校へ行くべき、休んではいけないという意識があると症状が消えない。
    「起立性調節障害」、「自律神経失調症」などの病名がつくことがある。 
  • 拒食・過食 ⇒ 奥地さんのお子さんは登校拒否をしているこの自分でいい、と自己認識が生まれたとき治った。

そして、不登校を「治す」のではなく、不登校であってもいいから、もっと楽に子ども時代を贈れる社会にするにはどうしたらいいかを考えるべきだと言います。

適応指導教室とフリースクール、ホームエデュケイション

不登校の子どもを支援する組織としては次のような二種類のものがあります。

  • 奥地さんが作った「東京シューレ」のようなフリースクール
  • 市町村の教育委員会が設置している適応指導教室(教育支援センター)

後者は、1980年代から始まり、95年あたりから急激に増えたと言いますから「東京シューレ」の影響が大きかったのだと思います。

適応指導教室、または教育支援センターは、市町村の教育委員会が、長期欠席をしている不登校の小中学生を対象に、学籍のある学校とは別に、市町村の公的な施設のどこかに部屋を用意し、そこで学習の援助をしながら本籍校に復帰できることを目標に運営している教室である。

(「適応指導教室 - Wikipedia」より)

適応指導教室とフリースクールはどう違うのか。

学費の有無、運営元、学校との連携などの違いが説明されていますが、大きな違いは適応指導教室が本籍校に復帰できることを目標にしているのに対して、フリースクールは本籍校復帰にこだわっていないということです。

学校にも適応指導教室にもフリースクールにも行かないで、自宅で教育を受ける方法もあります。ホームエデュケイションです。

子どもが学校にいかなかればどうなってしまうのか、奥地さんはその心配に答えます。

  • 不登校はひきこもりにつながる ⇒ 学齢期に閉じこもっていても、その後はひきこもっていない子どもたちが圧倒的に多い。
    (ひきこもりになってしまう人もいます)
  • 学校に行かなくて、卒業は出来るのか ⇒ 卒業できる。
  • 高校には進学できるのか ⇒ 通信制のサポート校、大検など。

あせって対応を間違えるとより苦しい方へこじらせてしまう。ひきこもりを否定するのではなく、そういう生き方もあると理解を示そうと提案しています。

学校復帰にこだわらないもうひとつの教育

不登校が増え続けているのは、子どもたちが学校教育をノーサンキューしていることを意識する必要があると言います。学校が子供の要求から離れているからだと。

現在の不登校政策は、全員に学校復帰を求めるものです。それを根本から「選択制」に切り換えること、つまり「選択の権利」を制度的にも保障することを提案します。

(「不登校という生き方 教育の多様化と子どもの権利 」p224)

小学校、中学校の義務教育の間は学校にいくものだというステレオタイプな常識に洗脳されてしまっています。だから、不登校になってしまう子どもは、ダメな子どもと見てしまう傾向があります。しかしそれは違っていて、感受性が繊細で、優しさや思いやりなどの美しい面があるからだとも言えるのでしょう。

ただ、私が不登校になった苦しさをよく知らないからでしょうか。「学校復帰にこだわらない」と主張されると、ほんとうにそれでいいんだろうかと戸惑ってしまう部分もあります。

最後に

放送大学の図書館をブラウジングしてこの本を見つけました。ちょっと古いほんですが、不登校について理解が深まりました。

奥地さんの「不登校という生き方」を受容しよう、学校復帰にこだわらないもうひとつの教育を作ろうという呼びかけを聞いて、雑誌の広告を思い出しました。

それは、ずいぶん昔に読んだ「プレステージ」という時計の広告で、山田太一さんがこんなことを言っていました。

新しい世界を作れるのは、今の世界をからはみ出した人たちだ。それが本当の「プレステージ」なんだと。

 私はこの世に生れた以上何かしなければならん、といって何をして好いか少しも見当がつかない。私はちょうど霧の中に閉じ込められた孤独の人間のように立ち竦すくんでしまったのです。(青空文庫:夏目漱石「私の個人主義」 )

お子さんが不登校になってしまったのは不幸なことかも知れませんが、「この世に生れた以上何かしなければならん」の「何か」に巡り合った方なのだと思いました。