シロッコ手習鑑

高卒シニアが放送大学の心理と教育コースで学んでいます。人間と文化コースにも興味があります。学んだことを基に自分の考えを組み立てて伝えていきたい。

有罪になってしまうの?・周防正行監督『それでもボクはやってない』

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目次

検察官と被告人はどんな攻防をするのか

『それでもボクはやってない』を見たくなりました。

まだ見ていなかったのです。

周防正行監督の『シコふんじゃった』、『Shall we ダンス?』を見たことがありました。どこにでもいる平凡な人が主人公で、ユーモアがあって、生きること本質が描かれ素敵な映画でした。

久米宏さんの ラジオ番組で、周防監督が痴漢の冤罪事件に本気で取り組んだと話すのを聞いたことがありました。

あれ? あの『シコふんじゃった』や『Shall we ダンス?』の雰囲気は描かれないのかと『それでもボクはやってない』に期待していなかったのです。

そうしましたら、日本アカデミー賞優秀作品賞、キネマ旬報ベスト・テン日本映画1位、アカデミー外国語映画賞日本代表と高評価。見なかったことを後悔していました。

現在、放送大学の「刑事法」を履修しています。その中に「被疑者と防御権」という章があり、被疑者・被告人は検察官の攻撃に対して防御するための黙秘権、弁護人依頼権、接見交通権などを学びました。

それで脳裏に浮かんだのが『それでもボクはやってない』です。痴漢冤罪の映画ですから、取り調べや裁判シーンがほとんどのはず、検察官と被疑者・被告人はどんな攻防をするのか、それを確認したくなったのです。

警察・検察官は全力で被疑者を攻撃する

まず、この映画は痴漢の冤罪事件を描いたもの。被害者の視点は入っていません。

刑事法の目的は社会秩序の維持。警察・検察官は被害者の味方をします。痴漢被害者は女子中学生こともあり、警察・検察官は全力で被疑者・被告人を攻撃します。

私も警察にお世話になったことがあります。

大雪が降った2014年2月に妻が失踪し、4月3日に遺体が見つかったと連絡があったのです。

そのとき、動顛していたからか、翌日日光へいくときに課長さんから、「大丈夫ですか」と電話がありました。そんなに気を遣ってくれるんだと感謝したことを覚えています。

日光警察署の取調室で事情を話し、遺体が見つかった現場に案内してもらいました。

検死の結果、血液から睡眠薬が検出されたこと、ろっ骨が折れていたことを知らされ、凍死ではないかということでした。

依頼した探偵さんは、自殺する原因が分からない、ろっ骨が折れているのは事件の可能性もあるのではと言いましたが、だからと言って生き返る訳でもなく、調書にサインしました。

被害者の視点は描かれていないけれども、警察・検察官は被害者のために全力で被疑者・被告人を攻撃したのだと思います。

主人公の一番の理解者は観客だ

どんなストーリーか。

主人公の青年は、通勤ラッシュで大混雑する電車に乗り込みます。駅員の押し込まれ、ようやく乗ったという感じです。そのとき、スーツをドアに挟まれてしまい、引っ張っているうちに、女子中学生に腕をつかまれます。痴漢と間違えられたのです。女子中学生に協力する男性もいて、無理に駅員室に連れていかれてしまいます。

私人逮捕ですね。現行犯は私人でも逮捕が出来るのです。

そのとき、目撃していた女性がいて、青年が犯人でないと駅員室に顔を出すのですが、帰されてしまいます。

そこからが冤罪事件の始まりです。

最初から確実に冤罪事件だと知っているのは、主人公と観客である私たちです。ですから、警察・検察官の追求にイライラしながら見ることになります。

 駅員は悪気はないのでしょうが、女子中学生の味方をしようとしているのでしょう。私の観た事実とは違った証言をします。

 

目撃したことは事実だと思いがちですが、記憶が誤って出来てしまうこともあります。

ちょっとした例だと、見た映画を見直したら記憶していたのと違っていたとかありませんか? あれ? こんなだったっけと思うことがあれば、脳が勝手に物語を作っていたことになります。

悪気がないだけによけいに怖いことになります。 

駅員は記憶が書き換わったと思えても、調書についての警察証言は嘘です。嘘を言う警察には怒りが湧いてきます。私たちは神の視点で見て事実を知っています。だから、イライラして見ることになるのです。

なんで今の時代に紙の調書が重要証拠なのでしょう。取り調べの様子を録画して、それを証拠に出来ないものか。そんなことを思ってしまいました。

絶妙のキャスティングが楽しめる

周防監督の映画に登場する人物は、普通の人なんだけど味があって楽しめました。

  • 加瀬亮さん演ずる主人公。フリーターで面接の行く朝に事件は起きる。
    その実直そうな表情の演技を見てください。
    驚いたことに痴漢でも家宅捜査をします。「痴漢電車」とかエロビデオを持っていることを問題にされますが、ビデオで発散している人は痴漢をしないというのが、私の主張です。
  • 竹中直人さん演ずる主人公の住むアパートの大家。
    お土産を貰うと対応が急変します。笑ってしまいます。
  • 留置場でのオカマっぽい同房者が面白い。親切にいろんなことを教えてくれる。
  • 留置所に面接に来たお母さん、「私があんたに面接してどうするの」。(主人公はフリーターで仕事を探さなくちゃならない) 

  • 最初は弁護士さえも女性の立場を上司に主張し、主人公を疑ます。

護送される車の中で、足が触れたかどうかで怒鳴り始める男。「ほんとはやったんだろ」と声をかける傍聴者オタク。

二人の裁判官が登場しますが、その描き分けが素晴らしい。

片方はルールに対しても弾力的な運用をする裁判官であり、もう一人は几帳面というか、きっちりとルールを守らせようとする人です。

留置所や裁判所の様子がリアルだ

留置所が裁判所には行ったことがありません。どのようにして再現するのか気になりました。周防監督は何度も裁判を傍聴したのでしょうか。

  • 留置所でのトイレ、洗面所の様子。
  • 背中に〇で囲まれた「留」と大きく書かれたトレーナーを着ている人が何人かいましたが、あれは留置所所有の衣類だということでしょうか。
  • 傍聴席に入ろうとして、帽子をかぶっていて注意される主人公の友人。
  • 「マイク使ってね、録音できないでしょ」
  • 傍聴席の後ろに5人、立ち見はダメと注意される。裁判官が来たら退席するという。裁判官へアピール作戦だ。
    「ま、いいか」と見逃す。
    これは裁判官が変わると却下されます。
  • 証人尋問をする弁護人の役所広司さん。証人はどうしても役所広司さん、被告人の方を見て答えますが、「裁判官の方をみて答えてください」と注意します。
    証言の途中についまた役所広司さん方を見て話してしまうのですが、質問をしながら、ジャスチャーで裁判官の方を見るよう促します。

  • 質問したことだけに答えてくださいと言う検察官。
    再現ビデオを撮影したときの推察から主張しようとすると、それが出来ない。
    「質問したことだけに答えてください」と言われる。
    答えることが出来ない。主張できない。

  • 最後の方になってくると、裁判官が悪役に見えて憎くなってきます。
    見ている私はイライラです。監督はうまいなぁ。

映画は作られた劇です。それでも真剣に見て、無罪の主人公を罰しようとする権力に怒りが湧き上がるのは、小さなリアルさの再現によるものだと思いました。

怒りの湧き上がる映画

映画は次のような法格言のクレジットから始まります。

十人の真犯人を逃がすとも

一人の無辜(むこ)を罰するなかれ 

刑事法は社会の秩序を守るためのものであり、罪を犯した人を罰します。その結果として被害者に代って報復することにもつながります。
しかし、痴漢事件となると物的証拠があることはほとんどありません。

そうすると、被告人が無罪を主張すれば、裁判官は検察官が提示した調書や証人の発言によって、被告人が嘘をついているかどうかを見破るのが仕事になります。

裁判官の使命は無罪の人を罰しないことだという裁判官。

しかし、起訴されればほぼ100%有罪になります。

役所広司さん演ずる弁護士は裁判官が臆病だと言います。

裁判官は常時200件以上の裁判を抱え、そのほとんどが罪を認めているものだが、その中で被告人の声を聴くことは容易ではない。裁判官の能力は処理軒数。テキパキ裁判を勧めないと勤務評定にかかわると。

 「無罪」の判決を出して検察が上告し、上告審で「有罪」にひっくり返れば、裁判官の評価は下がると役所広司さんは言います。

怒りの湧き上がる映画でした。