シロッコの青空ぶろぐ

高卒シニアが低学歴コンプレックス脱出のため、放送大学の人間と文化コースで学んでいます。通信制大学で学ぼうとする人を応援したい。学んで成功する人が増えれば、私のやる気も燃えるはず。

「高倉健」というイメージの出発点・マキノ雅弘監督『日本侠客伝』(1964年)

 

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目次

「高倉健」というイメージのなりたち

高倉健さんの出演した映画はどんな役名でも、「高倉健」というキャラクターでした。

それなのに、『男はつらいよ』を健さんで」と言う話があったというのを見つけて驚いてしまいました。そんなことを話しているのはスタジオジブリの鈴木敏夫さんです。

 じつは渥美清さんが亡くなった後で山田監督と話をしたとき「『男はつらいよ』を健さんでやられては」と提案したんです。初期は、コミカルな役をたくさん演じていましたからね。『喧嘩社員』『無敵社員』(ともに57年)の健さんってほんと面白いんですよ。空手シリーズや『大学の石松』(56年)とか、美空ひばりの相手役だったサラリーマンものも良かった。山田さんも「面白いかもしれない」と仰って、次にお目にかかったとき、「シナリオが出来たんです」と言われたんです。結局は幻となりましたが、実現していたら新しくて面白い「男はつらいよ」になったでしょうね。

「永久保存版 高倉健 1956~2014 (文春MOOK)・鈴木敏夫(スタジオジブリ・プロデューサー)『登り龍』は仁侠路線最高峰の傑作」p160 

「高倉健」というイメージは健さんが一生かけて作り上げたものです。それを壊したくないという思いから、断ったのではないでしょうか。

晩年には本名をイメージさせる映画がありました。張芸謀監督の『単騎、千里を走る。』です。この映画の主人公が「高田剛一」。健さんの本名が「小田剛一」ですから一字違いです。いかに「高倉健」のイメージを生かしたかったがよく分かります。

さて、「高倉健」というキャラクターのイメージはどのように築かれて来たのでしょうか。

高倉健さんは生涯205本の映画に出演しています。そしてそれは、次の三つの期間に分けることが出来ます。

  1. 東映に入ったものの、ヒット作がなかった時代。
    1956年(25歳)~1963年(32歳) 81本
  2. ヤクザ映画シリーズに出演したドル箱スター時代。
    1963(32歳)~1975(44歳)  102本
    『日本侠客伝』(11本)・『網走番外地』(18本)、『昭和残侠伝』(9本)
  3. 東映を退社して優れた人格のイメージが積み重なっていく時代。
    1976(45歳)~2012(81歳) 22本
    『八甲田山』『幸福の黄色いハンカチ』『冬の華』『遙かなる山の呼び声』等

ドル箱路線の 「ヤクザ映画」シリーズが始まる切っ掛けは、鶴田浩二さん主演の『人生劇場 飛車角』に出演したことでした。

この映画のヒーローは主演の鶴田浩二さん。高倉健さんは助演ですから、不器用でもストイックでもありません。

『日本侠客伝』が「高倉健」の出発点

そして、96本目の『日本侠客伝』からヤクザ映画シリーズが始まり、ここから本格的に「高倉健」のイメージが作られていきます。

『日本侠客伝』のどこがファンの琴線に触れたのでしょう。私が考えるポイントは三つあります。

  • ヤクザという封建社会で忠義を果たすための犠牲を美しく嘆く
  • 耐えに耐え、殴り込みによりヤクザのいない自由な社会になるという爽快感
  • 愛を語らないけれどモテる健さん

これらについて考えていきます。

忠義のための犠牲を美しく嘆く

舞台は明治から大正の深川木場。ふたつのヤクザが対立していました。古くから材木運送を仕切っていた「木場政組」と新興勢力の「沖山運送」です。

木場政の親分がなくなり、兵役から帰ってきた長吉(高倉健さん)が小頭になります。

そんなとき、南田洋子さん演ずる粂次の沖山に背負わされた借金を払ってくれた鉄(長門裕之さん)が殺されます。横恋慕していた沖山のメンツが立たなくなったからです。

しかし、証拠がありません。そこで、「木場政」の親分に世話になっていた中村錦之助さん演ずる清治が決意します。清治は妻のお咲(三田佳子 さん)と逃げたのを「木場政」の親分にかくまって貰っていて、いつかその恩を返さなければならないと考えていたのです。

「あっしもヤクザのはしくれだ。それを知っていれば打つ手は知っている」

ヤクザを止めて二人でたばこ屋を開きたかったお咲。そのお咲と娘を残して、迷惑がかからぬよう「木場政」への絶縁状を書いて、一人沖山へ殴り込みに行って死にます。

誰に頼まれた訳ではなく、いわゆる自主的な忖度によるものです。この別れが情緒豊かに美しく描かれます。

現実問題として、木場政親分への恩と妻のお咲との幸福を考えれば、普通は家族が大切と考えるものです。そこをあり得ないギリギリのリアリティとして「親分への恩」を大切にすることで「忠義」の美しさが生まれてきます。

架空の映画では、成立するならば何を起こしてもいいのです。平田オリザさんが『演技と演出』の中でこう言っています。 

演技と演出 (講談社現代新書)

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言い換えれば、俳優は科学者に見えるのなら、何をやってもいいのです。俳優は科学者に見えるという範囲で、標準的(と思われている)な科学者像から、最も遠いところを探さなくてはなりません。私はこれを、「最も遠いリアル」と呼んでいます。p158

「最も遠いリアル」が 「親分への恩」のために自分の命を捨てることなのです。

新渡戸稲造の『武士道』を紹介したとき、歌舞伎『菅原伝授手習鑑』の話にも触れました。

「木場政組」と「沖山運送」に子ども時代に仲良くしていた二人の男が登場します。

「おいらはばくち打ち。親分子分の盃事で体を染めているんだ。黒いものでも白いと言われりゃ、嫌とは言えない渡世なんだ。だがよ、お前たちは気の合ったもの同士、仁侠一筋に生きてろ。おれはおめぇたちがうらやましいせ」。

沖山にいる男が木場政にいる男に言います。そして、二人は壮絶な殺し合いをすることになります。

忠義を果たそうとすれば犠牲にしなければならないものが生まれます。その狂気の嘆く美しさをこれでもかと丁寧に描いていくのが任侠路線の映画です。

弱者のために殴り込み、ヤクザ封建社会が崩壊する 

深川の木場で「木場政」と「沖山」が材木運送を仕切り、「かすり」を取っていました。それが「沖山」の悪事に耐えきれなくなった小頭の長吉(高倉健さん)が弱者のために「男の喧嘩は一生に一度しかない」という親分の言葉を胸に殴り込みをします。

ポイントはただの殴り込みではないことです。「これからは、かすりを取るオレたちのような人間がいてはいけない時代だ」と「木場政」は解散しますが、それだけではヤクザ封建社会が残りますから「沖山」を壊滅させるのです。

ヤクザ封建社会から自由な社会へ。 明治維新のようでもあり、マルクス主義の革命のようでもあります。

「TBSラジオ たまむすび(2014/11/18)【追悼】町山智浩 高倉健さん死去」によりますと、学生運動の左翼学生、警察、ヤクザが、同じ映画館に入ってこの映画をみていたといいますが、頷ける話です。
沖山は警察にまで手を回して木場政を潰そうとします。料金は木場政の7割。馬力が沖山へ移ってどうにもならなくなったのを見計らって、料金を倍にして木場政よりもずっと高くなってしまいます。

鉄(長門裕之さん)が殺され、その報復に清治(中村錦之助)が親分に世話になっていた恩を返しに一人で殴り込みに行き死にます。

健さんは耐えに耐えて耐えきれず、殴り込みで沖山を崩壊させて「かすり」のいらない社会を作ります。そして、自分は刑務所に入ります。

愛を語らないけれどモテる健さん

佐藤忠男さんが映画の主役を「立役」、「二枚目」 に分けて解説しています。そして、高倉健さんは「立役」であり、愛を語らないと言います。

高倉健はなぜ愛を語らないのか

世界の映画と比較しながらスター俳優の身振り表情や風格が語る<日本的なもの>とはなにかを読み解く。著者長年の日本映画研究の到達点を示す力編。

「二枚目の研究―俳優と文明」の帯より。

二枚目の研究―俳優と文明

二枚目の研究―俳優と文明

 

(表紙は『幸福の黄色いハンカチ』の高倉健さんと倍賞千恵子さん)

「立役」とは、歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』の大星由良之助のゆな役であり、男性から愛を語ることはありません。

それに対して、近松門左衛門の『曽根崎心中』や『心中天網島』の男性は愛を語ります。肩をついただけで転びそうな「つっころばし」の二枚目。金も力もなく、一緒に心中をするくらいしかできません。

「立役」の主人公は男性に人気はありますけれども、女性にはイマイチ。それで二枚目が生まれてきたと佐藤忠男さんは言います。

『日本侠客伝』の高倉健さんは完璧に立役で、自分から愛を語ることはありません。

デビュー作の『電光空手打ち』/『流星空手打ち 』のように登場する女性は全部健さんに惚れる訳ではありませんが、モテるのです。

殺される鉄(長門裕之さん)は南田洋子さん演ずる粂次に惚れていますが、粂次は長吉(健さん)に惚れている。しかし、長吉にはおふみ(藤純子さん)といういいなずけがいるのです。

モテる「立役」の主人公は観客の憧れ。そんな計算から生まれた設定のようです。

まとめ

高倉健さんの出演した映画はどんな役名でも、「高倉健」というキャラクターでした。

そのキャラクターはいつから作られ始まったのか。

 マキノ雅弘監督の『日本侠客伝』から、というのが私の答えです。

それから「高倉健」というキャラクターはどのように変化していくのか。

続きをお楽しみに。

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