シロッコの青空ぶろぐ

高卒シニアが低学歴コンプレックス脱出のため、放送大学の人間と文化コースで学んでいます。通信制大学で学ぼうとする人を応援したい。学んで成功する人が増えれば、私のやる気も燃えるはず。

高倉健さんが出演する映画は「健さんの映画」でなくてはならない・ 降籏康男監督『ホタル』

ホタル

目次

観客は高倉健さんを見に来る

今回は 2001年に公開された『ホタル』について書きます。

この映画を見終えて感じたのは、よくもこんなに複雑で難しい問題を「健さんの映画」に出来たものだということです。

高倉健さんが出演する映画は「健さんの映画」でなくてはなりません。

観客は、「高倉健」がスクリーンの中で胸のすくような行動をし、それに酔うためにお金を払っています。

脚本は高倉健さんを引き立てるためのものでなければならず、映画の主人公は観客が憧れるものでなければなりません。今回紹介する『ホタル』はそれがとても難しかったと思うのです。

この映画の企画は高倉健さんが言い出したものです。TV『知ってるつもり』で「知覧の母」と呼ばれた「鳥浜トメ」さんのドキュメンタリーを見た健さんが、降籏康男監督に持ち込んだものだそうです。*1 

特攻攻撃で亡くなった上官の遺品を親族に届けるだけの話なら、健さんらしい映画にはなりません。それをどうやって「健さんの映画」にしているのか。

理想化された自分自身としての高倉健

この『ホタル』 は、残り少ない命の妻のために夫は何をするかを描いたものです。

映画評論家の佐藤忠男さんは、「映画は個人の、国家の自惚れ鏡である」と言っています。

映画のなかでいい恰好を見せるヒーローやヒロインは、ファンの憧れの化身であり、ファンはそのスクリーンの中にみずからとけ込んで しまいたいと願う。つまりは、ファンは、スクリーンのなかに理想化された自分自身を見て、それに惚れるのである。

 (『映画をどう見るか』p8) 

妻は上官である特攻隊の許嫁でした。上官は沖縄の海に散り、山岡は生き残った。その上官は許嫁のために言葉を残していたのですが、それを告げていません。

上官から妻への遺言を伝える高倉健の男らしさ、潔さ、心の大きさに観客は魅せられます。

それは理想化された自分自身でもあります。

朝鮮人特攻隊の問題

上官の金山は朝鮮人の特攻隊でした。

日本が太平洋戦争で戦っているとき、韓国という国はありません。 1910年(明治43年)に韓国は日本に併合されています。*2

併合された経緯は理解していないのですが、朝鮮には衆議院の選挙区がなく、朝鮮に住む日本人にも国政への参政権はなかったようです。*3 

当時の朝鮮人は今よりも差別されていました。そんな中で勝ち組になるために金山が選んだ道は、完璧な日本人になり、日本語を学び、日本の軍人になることでした。

しかし、日本人の許嫁を残したまま、特攻で命を捨てることになってしまいます。

さらには、日本の敗戦によって韓国が独立し、日本のために戦って命を捧げた人は売国奴として罵倒されるようになります。

国家も遺族も遺骨や遺品を受け取るのを拒否するという問題があります。 

朝鮮人特攻隊―「日本人」として死んだ英霊たち (新潮新書)

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映画では「アリラン」を歌うシーンがあり印象的でした。

他の隊員には最後の別れに家族が来ているのですが、金山のところには誰も来ません。
「母さん、最後です。歌を聴いてくれますか」と知覧の母へ。
わざと明るく振舞っているのでしょう。思い込んだ様子もなく、軽い言葉から辛さが伝わってきます。
「山岡、藤枝! 貴様らも聴いてくれるか」
「はい!」
そして、アリランを歌います。

金山のモデルになった朝鮮人特攻兵がいます。 そして、現実にアリランを歌っています。

shuchi.php.co.jp 

朝鮮人特攻兵を描いたからでしょうか、Wikipediaの「ホタル (映画)」が「批判」の項目だけだったり、作品とは直接関係ないことを叩いている★ひとつのアマゾンレビューが人気だったり、残念なことになっています。

ホタル

ホタル

 

「ホタルになって帰ってくる」

この映画にはホタルが出てくるシーンが二つあります。最初は、特攻兵が「ホタルになって帰ってくる」といい、翌日にホタルが現れるというもの。ホタルがとても効果的に使われていて、どこからこんなエピソードが生まれたのだろうと、感心してしまいました。

まず、「ホタル」は特攻兵が最後に食事をした「ホタル館」から思いついたのでしょう。

こんなことから、ホタルに生まれ変わるエピソードに発展したのかも知れません。

腐草為蛍
読み方:かれたるくさほたるとなる

七十二候の一つ。二十四節気の芒種の次候にあたり、6月11日~6月15日ごろに相当する。季節は仲夏。腐草為蛍は、それ自体としては「腐った草が蒸れ蛍になる」などといった意味。また、芒種の初候は「螳螂生」と言い、末候は「梅子黄」と言う。なお、腐草為蛍は「略本暦」における呼び名であり、元となった中国の宣明暦では「鵙始鳴」と呼ばれ、「鵙が鳴き始める」などといった意味である。

 (「Weblio 辞書 > 日本語表現辞典」より )

それを、出撃する特攻兵に「ホタルに生まれ変わって帰ってくる」と言わせることによって、愛する人たちと分かれる無念さが見事に表現されています。

このエピソードを語る奈良岡朋子さんの演技が見事です。

「知覧の母」と呼ばれた「鳥濱トメ 」が、そのエピソードを訪ねて来た元特攻兵・藤枝(井川比佐志さん)とその孫(水橋貴己さん)に話します。

宮川という軍曹が、一度目の出撃のときに機体の故障で引き返したのを気にして、「今度こそ敵艦を撃沈して帰ってくる」と言います。
どうやって帰ってくるのか。
「ホタルになって帰ってくる。だから、ホタルがきたら僕だと思って、追い払わないで、良く帰ってきたと迎えてください」

次の晩。出撃する兵隊がお酒を飲んでいるところへ、ホタルが飛んできます。

奈良岡さんは「あぁ、宮川さん」と叫んでしまい、みんなは「宮川~!宮川~!」と叫ぶ。

知覧の特攻隊の出撃は、それから六日に終ったと話を閉じます。

そんな話を回想の映像を交え、「24:14」あたりから「32:14」までの8分間、 奈良岡朋子さんが語ります。

聴いてみてください。ホタルになって帰ってくるなんてあり得ないのかも知れませんが、そんなことはどうでもよくて、宮川が生きていて欲しかった、宮川が帰ってきたんだという、みんながの思いが伝わってきます。

参考

映画『ホタル』のロケ地を訪ねたブログを見つけました。

今年の春に鹿児島学習センターの面接授業「鹿児島湾洋上実習」に行ってきました。

blog.goo.ne.jp

今度は指宿あたりに行きたくなりました・・・。

*1:『高倉健メモリーズ』「ホタル」世紀が変わる節目の時期にやらなくてはいけないことがある p193

*2:「日韓併合」ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

*3: 戦前における内地人と外地人(朝鮮人)の国政参政権 | 歴史 | 中学校の社会科の授業づくり