この写真は散骨のために行った長崎の写真屋のショット。古い少女の写真を見つけて物思いにふけっているところです。妻の若いときなの?と、新たな展開を期待しますが、何も起こりません。手にもっているのは死んだ妻からの絵手紙です。
映画のタイトル「あなたへ」はその手紙の最初の言葉から。
目次
健さんは企画を提案しても簡単には応じない
映画は一般に監督のものと言われます。しかし、高倉健さん映画に出演して貰おうとすると簡単にはいかなかったようです。*1
ですから、晩年に公開された高倉健さんの映画はこんなに少なかったのです。
西暦 | 年齢 | タイトル | 監督 | 職業 |
---|---|---|---|---|
1994 | 63歳 | 四十七人の刺客 | 市川崑 | 武士 |
1999 | 68歳 | 鉄道員(ぽっぽや) | 降旗康男 | 鉄道員 |
2001 | 70歳 | ホタル | 降旗康男 | 漁師 |
2005 | 74歳 | 単騎、千里を走る。 | 張芸謀 | 漁師 |
2012 | 81歳 | あなたへ | 降旗康男 | 刑務所の指導教官 |
公開する映画の間隔も長くなり、「高倉健」というキャラクターを生かすのが難しくなっていったのが想像できます。
そんな健さんの気持ちを、沢木耕太郎さんが次のように紹介しています。
かつて、高倉さんが羨ましそうに、そして少し悲しそうにこう言うのを聞いたことがあった。
「ハリウッドのスターは、一本撮り終わると、家の机に積んである何十冊もの脚本を読んで、その中から次の作品を選ぶことができるらしいんだ。こっちは、一冊もないどころか、仕事が決まってもまだホンが書き上がるのを待っていなかればならないくらいなんだからなあ」
『永久保存版 高倉健 1956~2014』沢木耕太郎「深い海の底に-高倉健さんの死」p73
「四十七人の刺客」を最後に、演じる職業が平凡な庶民になっていったのにも、脚本を書く人、高倉健さんの意志を感じます。
では、これだけ高倉健さんが待ちに待ち、選びに選んだ映画のテーマは何だったのでしょうか。
最後の出演作品『あなたへ』で、高倉健さん、降旗康男監督、脚本の青島武さんは何を描きたかったのか。今回は、それを考えます。
妻の散骨をするために長崎へ旅をするロードムービー
富山刑務所の隣。アイロンをかけている初老の男。質素な生活をしていて几帳面な印象です。
「慶長休暇なのに何しているんですか」
奥さんがなくなって、慶長休暇なのに出勤している健さん。
日本人だなぁ、と思います。
刑務所の指導教官をしている倉島英二(高倉健さん)は亡くなった妻からの手紙を受け取ります。妻の洋子(田中裕子さん)がNPOへ手紙を頼んでいたのです。
「あなたへ 私の遺骨は故郷の海へ撒いて下さい」
もう一通の手紙は長崎の郵便局で受け取るようになっていました。健さんは妻の散骨をするために長崎へ旅をします。そういうロードムービーです。
旅の途中に健さんが何人かの男に出会いますが、その人たちはどれも家族に問題を抱えています。
- まず、ビートたけしさんが演ずる男に出会います。
妻に先立たれ、キャンピングカーで全国を放浪している。元国語教師で理屈っぽく種田山頭火の俳句の本をプレゼントするが、車上荒らしだとわかり逮捕。
その侘しい姿に観客は同情する。 - イカめしの実演販売で全国を飛び回るSMAPの草彅剛さん。ちゃっかり車に同乗させてもらう。
草彅さんは妻が不倫をしているらしく、その現実から逃れるために出張ばかりしている。
観客はやはり同情して、世の中はなかなかうまくいかないものだと思う。
草彅さんに言われたことを断れず、こき使われてしまう健さんがカワイイ。 - 年長だけれども、草彅剛さんの部下の佐藤浩市さん。
平戸で困ったことがあったら大浦吾郎を訪ねろとメモを渡す。
佐藤浩市さんも家族に会えなく辛い(理由を言うとネタバレになる) - 余貴美子さん演ずる食堂の経営者。夫が海で遭難して行方不明になっている。
- 綾瀬はるかさん演ずる食堂の娘
山口百恵さんの息子が演ずる大浦卓也英二と結婚することなっていて、喧嘩したり、仲直りしたり。
女性が一人も登場しない映画もありますが、この映画にはそれぞれのカップルの在り方が描かれます。
画面には登場しませんが、観客は高倉健さんも江利チエミさんを失っているのを知っていますし、観客ひとりひとりにも似たような思いがあります。
観客はそれらを考えながら映画を見ていくことになります。
妻の深い愛情に気づいていく旅
妻を失った健さん。妻を回想するシーンが流れます。
この映画は高倉健さんが主役ですけれども、描かれるのは妻・洋子のことです。
- 洋子は刑務所へ慰問に来ていた童謡歌手でした。宮沢賢治「星めぐりの歌」。慰問に来なくなった洋子と木工品の展示会で会う。
そして、たった一人の受刑者に聞いてもらうために来ていたという。 - 大阪のノミ、カンナを売っている道具屋。
道具を見ていると妻が現れる。
「欲しいんでしょ。子どもみたいな顔をして見ていたわよ」
「いい道具だけどちょっと高いなぁ」
「いいわよ。あなたの定年のお祝いに買いましょ。これからも嘱託の作業技官で働けるんですもの」
「でも、おれにはもったいない・・・」 - 病弱な妻は自分がいなくなったあとにのためにレシピを渡す。
木工手作りのキャンピングカーでぎこちなく料理を作っている健さん。 - 「木工の指導技官になろうと思うんだ」
「あなたに向いていると思うわ」と背中を押してくれる妻。
これが高倉健さん、降旗康男監督、脚本の青島武さんが考える理想の奥さん像だといえるでしょう。
観客はこんな理想の奥さんがいる高倉健さんを観て、いい人生だったねと安堵します。それが理想の自分の人生だからです。仕事は、漁師や鉄道員、刑務所でいいんです。
平戸の古い写真屋に飾ってある写真をみて、妻の若いときを想像する健さん。
最後、健さんは妻に「ありがとう」といいます。
これが観客が理想と考えた高倉健さんの姿です。
妻への感謝の気持ちが湧いた
『あなたへ』は公開当時、妻と一緒に劇場で見たと思います。前回と違うのは、映画の健さんと同じように妻が亡くなってしまったこと。ゆっくりと見直してみて、私も妻への感謝の気持ちが湧いてきました。
- 妻は病弱でなかったけど、煮魚のレシピを貰ったことがあるなぁ。
- 高価PCを買うときの態度は、大阪の道具屋に現れた妻がいうことと同じようなことだった。
- 似たように背中を押してくれた妻。
22日に浦和にお墓参りにいきます。
そのときは、健さんと同じように妻に「ありがとう」と言ってこようと思います。