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高倉健さんのスペシャリストを目指す
「なぜ、山田洋次監督『遙かなる山の呼び声』(1980年)を見るべきか」を書くときに、高倉健さんを称賛する追悼コメントを沢山見つけました。スクリーンの中の高倉健さんとリアルの高倉健さんが混同された美談のエピソード。それらを読んで、日本人が求める理想像は高倉健さんなのではないかと思いました。
このブログは「放送大学生」というのが特徴ですけれども、何かのスペシャリストというものがありませんでした。ライフワークとして追及するテーマです。
そこで思いついたのか「高倉健」です。プロデューサー、監督、脚本家、そして、本人の高倉健さんは、スクリーンの中に理想化された「高倉健」を作って観客に見て貰います。それについて考えて行けばライフワークになるのではないかと考えました。
「高倉健」のネタが尽きれば他のテーマがありますけれども、私たちは(私は)、何を求めて、映画やドラマを観るのでしょうか。文芸もそうですけれども、テレビのワイドショーや事件を、私は何を求めて見ているのか、そういう追及のスタンスでいこうと。
とりあえず、「私たちは高倉健にどんな理想を求めたのか」、これで行きます。
兵隊が雪の中で死んでいくだけの映画
高倉健さんと言えば「仁侠映画」「ヤクザ映画」。前回は、そのシリーズが始まる切っ掛けとなったのが『人生劇場 飛車角』について書きました。
今回は、新田次郎の小説『八甲田山死の彷徨』を原作とした『八甲田山』について書いていきます。
この映画は脚本家・ 橋本忍さんが企画し、東宝で製作されました。
橋本忍さんと言えば「日本一の脚本家」、がっちりした構成には定評があり、多数の名作を書いています。一部を示すとこんな感じです。
『羅生門』『生きる』『七人の侍』『生きものの記録』『蜘蛛巣城』『張込み』『隠し砦の三悪人』『私は貝になりたい』『悪い奴ほどよく眠る』『切腹』『日本のいちばん長い日』『どですかでん』『日本沈没』『砂の器』『八甲田山』・・・。
それでも完成しないうちはイメージがつかめないのか、撮影の木村大作さんがこんなことを言っています。
撮影の木村大作は(略)。また内容も兵隊が雪の中で死んでいくだけでは、ヒットするとは思えなかったという。
(Wikipedia「八甲田山 (映画)・エピソード 」より)
ところが、「配給収入は25億900万円で、1977年の日本映画第1位」(Wikipedia)。
どこにそんな魅力があったのでしょうか。
『八甲田山』は映画館では見ませんでしたが、テレビで放送されたもの、レンタルと何度か見たことがあります。今回、見直して気が付いたのは次の三つです。
- 知っていることをもっと詳しく知りたい。
よくネタバレを嫌う人がいます。八甲田山の山岳遭難事故で大量の犠牲者が出る。そのことは分かっているいるのですが、人はもっと知りたいのです。 - 三國連太郎さんの悪役ぶりにイライラ。
三國連太郎さん演ずる第二大隊長・山田少佐のリーダーとしてのこれでもかというほどのダメっぷり。 - ヒーロー高倉健と不運な神田大尉の対比
北大路欣也さん演ずる聡明で凛々しい神田大尉。それなのに、ダメ指揮官に命令され、多数の犠牲者を出してしまいます。
それに対して、冷静で正しい判断をする徳島大尉(高倉健)。その対比に観客はイライラしたり、うっとりします
兵隊が雪の中で死んでいくだけ。だけれども、悪役の三國連太郎さん、その犠牲になる聡明で凛々しい北大路欣也さん、ヒーローの高倉健さん、この三人の描き分けがこの映画の魅力です
このことについて、もう少し詳しく書いていきます。
知っていることをもっと詳しく知りたい
よくネタバレを嫌う人がいますが、これは見る前からかなりのネタバレです。
新田次郎の八甲田山で起きた八甲田雪中行軍遭難事件を題材とした小説『八甲田山死の彷徨』が原作ですから、雪の中を兵隊がバタバタと死んでいくのは分かっている訳です。
それに、高倉健さんが指揮官を演じるのは分かっています。「高倉健」というキャラクターでどう乗り切るのか。健さんらしい感動的なエピソードを見たいと期待しています。
つまり、映画の中で起きるの結末はある程度知っている。「高倉健」というキャラクターに感動したい、と期待して入場券を買っているのです。
7割くらいは知っていて、さらに新しい情報が加わるとき、楽しく本を読めるような気がします。小説や映画だって、主人公の環境と何がやりたいかを分かってくると物語の世界に没入できます。
人は知っていることをもっと詳しく知りたいのです。
ダメな第二大隊長という悪役
三國連太郎さん演ずる第二大隊長・山田少佐がダメダメです。指揮は神田大尉に任せるはずなのに、いざとなったら最高権力者として参加して余計なことを指示しまくります。
北大路欣也さん演ずる神田大尉は聡明な軍人なのですけれども、上官の指揮には従わなかれればなりません。そのため次々と犠牲者が出ます。
神田大尉が頼んでいた民間人の案内人を「金が欲しくて来たんだろう」と追い返し、足を引っ張ります。
素晴らしいのは、この悪役も、神田大尉も、民間の案内人も、全部橋本忍さんの頭の中から生まれたということ。脚本家がトラブルを作って、登場人物が人格を反映させながら解決に導いたり、問題をさらに深刻にしてしまったり・・・。日本一の脚本家・橋本忍の力が余すことなく発揮されていました。
三國連太郎さんの悪役は見事です。
ヒーロー高倉健と不運な神田大尉の対比
神田大尉がダメ指揮官の犠牲になる。それを見るのは悔しいものがあります。凛々しくて聡明な指揮官なのに、ダメ指揮官の部下になったばっかりに、次々と部下を犠牲にしてしまいます。そして、自らも命を落としてしまう。
雪が酷くてそりを引くのもつらくなり、そりを放棄することを提案しても却下されてしまいます。偵察に行けと無茶な指示であっても、上官には逆らうことはできません。会社でダメ上司に意見を却下され、怒り狂ったことのある人なら共感しまくりでしょう。
それに対して、徳島大尉(高倉健)は冷静で正しい判断をします。ダメ上司がいませんから、実力を十分発揮できるのです。
徳島大尉の計画は準備周到です。地理に詳しくないことから、途中までは地元の民間人に案内して貰います。
我らのヒーロー高倉健は思いやりがあります。足を滑らせた疲弊した隊員をみつけると、荷物を分散して持つよう指示します。
一番感動的だったのは、案内して貰った百姓の小娘(秋吉久美子さん)と分かれるシーンです。
健さんは、謙虚に百姓の小娘の案内を尊重します。プライドが許さないからか、「女性案内人を最後尾にしよう」と言う案が出てきますが却下。先頭を歩いて案内して貰います。
娘を先頭にラッパの行進。
娘が安全な場所へ案内し、ここでご飯にしようと言います。それとは対照的に、神田隊の悲惨な状況が次々と描かれます。
別れ。振り返りながら去る秋吉久美子さんに、「かしらぁ、中!」と隊全体で最上の礼を尽くします。
弱者に対しても感謝の気持ちを忘れない健さんには惚れてしまいます。
観客は高倉健に憧れ、自分もそう生きたいと思います。
音楽の力も大きい
音楽の力も大きいと思います。
実際の人生にはオーケストラのバックなんてないのですが、手紙を読むとき、雪原を歩くとき、芥川也寸志さんのオーケストラに力強さを感じたり、悲惨さを感じたりしました。
松本清張原作の『砂の器』(1974年)も、橋本忍さんが脚本を書きました。そして、音楽は芥川也寸志さん。『八甲田山』(1977年)も、その流れからのようです。
リンク先のアマゾンで映画に使われた音楽を試聴できます。
『八甲田山』の「エンディング」が悲しく美しい。
途中で席を立ってはだめですよ、最後までこの曲を聴いてください。