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目次
玉袋筋太郎さんの「週末これ借りよう編」
2012年4月から2016年9月までTBSラジオで放送されていた『伊集院光の週末TSUTAYAに行ってこれ借りよう! 』の録音を聴きました。
この番組、ゲストが「週末これ借りよう編」で伊集院さんにおススメを紹介したあと、伊集院さん、アシスタント、リスナーも、DVDを借りてその映画を観ます。
そして「先週あれ見たよ編」で、伊集院さんが感想をゲストにぶつけます。
第1回放送のゲスト・玉袋筋太郎さんは「週末これ借りよう編」で、山田洋次監督の『遙かなる山の呼び声』を紹介し、次の三つを「ここ見てポイント」としてあげていました。
- 高倉健に惚れ直せ。
49歳の高倉健さんがかっこいい。グットシェイプ。ファッション。馬に乗って、トラクターに載って、ツナギ。 - 男と女のやせ我慢くらべ。
じれったい恋愛。出来なかった婚。エンディングの後に結婚するんだろうなと。 - 「ハナ肇」を見よ。最後のハナ肇で俺たちは泣く。
さすがは玉袋さん。
芸人「浅草キッド」、そしてラジオパーソナリティとして活躍しているだけのことはあります。話は分かりやすいし、「男と女のやせ我慢くらべ」という説明が的を得ていて、とても面白い。
私の「先週あれ観たよ編」
私も『遙かなる山の呼び声』を観ました。
玉袋さんの紹介が面白かったのと、伊集院光さん、竹内香苗アナウンサーの感想も興味深いものでした。
それに、昔一緒に働いていた鹿児島出身のU君が「何度見ても、最後にウルっと泣ける」と言っていた映画で、私も何度も、録画したビデオを観たことがあます。
見直してどうだったか。
倍賞千恵子さん演ずる民子の高倉健さんによせる思いが、分かって分かってしょうがありませんでした。民子は夫を亡くして二年。私も妻を亡くしてます。そのときの寂しさ、喪失感は辛いものがあるのです。
私が見どころを話しても、同じようになってしまいます。私は一歩踏み込んで、なぜ、素晴らしいさが生まれるかを考えます。
- 薄幸な女性の前に好男子が来て働かせてくてという。現実にはなさそうなだけど夢のある出会い。
作家・演出家の鴻上尚史さんが「ドラマのような恋愛はほとんどない」と言っています。現実は平凡でも、本当の人生があるはずだと思わせてくれる。 - 悲恋劇のパターンが二人を引き裂く。
この映画はロミオとジュリエット型の悲恋劇です。型にはまっていますから、葛藤がたっぷりと描かれ、民子の気持ちが分かって分かってしょうなくなります。 - 理想の日本人男性として高倉健さんの魅力は多くの映画で積み重ね作られてきました。いつも無口でストイックな高倉健さん。礼儀正しいお辞儀は国宝級。倍賞千恵子さんは年下なのにタメ語では話しません。
でも、それは恋愛には不向きなのです。
私はこれらについて書いてみます。
現実にはありそうにない感動を求めて
私が福島の田舎町に住んでいる頃、仕事が終るとよく郡山まで車を走らせ映画を見た。夢もなくてどう生きてよいか分からず、現実逃避をしていました。
毎日、飲んだくれる。パチンコをする。本を読む。ワンボード・マイコンに出合ってコンピュータの世界を知ったけれど、だからと言って何かが変わる訳でもありません。
なぜ、映画を見ていたのか。
現実にはない感動を求めて映画を見ていたのだと思う。
グズなチンピラ・ボクサーに世界チャンピオンから対戦が申し込まれるシルヴェスター・スタローンの『ロッキー』。ロッキーは私と同じようにグズだけど、勝ち目のない世界チャンピオンとの戦いに挑む。そこは私より、ずっと立派で応援したくなる。
さて、この『遙かなる山の呼び声』はどんな映画か。
北海道の中標津で小さな牧場で牛を飼っている女性が主人公。 夫を亡くし、子どもと二人で細々と生活をしています。
同じ山田洋次監督の『家族』が九州の炭鉱で働いでいた家族が北海道の開拓へ入植する話でしたが、 その続編のようなイメージもあります。
薄幸な女性のところに謎の男・高倉健さんが、この牧場で働かせてくれ、と来る。
なんとか二人が結ばれて幸せになって欲しいと思うんですが、そうはいかないという話です。
昔、木下惠介・人間の歌シリーズに「バラ色の人生」というTVドラマがありました。ジョルジュ・ムスタキの『私の孤独』テーマ曲が印象に残っています。
こっちは、冴えない男のところに「女性を預かってくれないか」と頼まれ、謎の美女が来る。
現実には、謎の美男・美女が来るなんてないんですけど、ドラマで疑似体験できるのは素晴らしい。
私の現実の人生は平凡でも、ギリギリに求めていけば、本当の人生があるのではないか、そういう希望を持たせる力が映画にはあります。
別れがつらい悲恋劇・・・しかし、最後に
この映画はロミオとジュリエット型の悲恋劇です。きっちりとした型にはまっていますから、葛藤がたっぷりと描かれ、民子の気持ちが分かって分かってしょうなくなります。
川邊一外さんが『ドラマとは何か?―ストーリー工学入門 』で、ドラマは復讐劇と恋愛劇に分かれると言いました。
- 復讐劇は、主人公が何かの害を受け、それに対して解決や報復をする。
例とした『オイディプス王』をあげています。 - 恋愛劇は、『ロミオとジュリエット』のように、男女が互いに相手を恋するのですが、何か二人を引き裂く力が働くが邪魔をする。
モンタギュー家とキャピュレット家は血を血で洗う争いをしており、ロミオはモンタギュー家の一人息子、ジュリエットがキャピュレット家の娘であることから、悲劇に終わってしまいます。
『遙かなる山の呼び声』はロミオとジュリエット型の恋愛劇にピッタリ当てはまり、ドラマの要素である葛藤が強力です。
倍賞千恵子さん演ずる民子が息子(吉岡秀隆さん)を育てながら、北海道の小さな牧場で牛を育てています。そこに、高倉健さんが登場して、お金をいくらでもいいから働かせてくれ、と言います。
しかし、健さんは牧場を去らなければなりません。これが、二人を引き裂く力です。
家にいて欲しい倍賞千恵子さん・・・その辛さがが分かって分かってしょうないのです。
登場人物の役目を整理してみると、なかなか面白いものがあります。
- 倍賞千恵子さんの夫の兄の家族
法事が行われ、夫がなくなって2年であることが分かる。
無理じゃないかと言われても、夫の意志を継いで小さな牧場を手放さない。
(夫が酪農に熱心だったのは仏壇の脇にある本でわかる) - 倍賞千恵子さんにしつこく言い寄るハナ肇さん
やめろと言う高倉健さんと争いになるが、負けるとコロっと健さんを慕うようになる。あっち系の人は序列が単純なのだ。
ラストで泣かせる。 - 「北の国から」の吉岡秀隆さんが演ずる息子の武志
ギックリ腰で入院している間に先に健さんになつく。
武志の世話に来ていたお姉さんが帰り、寂しくなり健さんのいる納屋へ。
健さんは「お父さんがいなくて寂しいか」と自分の親が事業に失敗して首をつって死んだとを話す。(心理学でいう「自己開示」。武志も観客も健さんに好感をもつようになる) - 弟の武田鉄矢さん
奥さんが木ノ葉のこさんと一緒に九州から新婚旅行の途中に寄る。
渥美清さんが牛の人工授精に来る。それを二人で見学。
渥美清さん「奥さんにも人工授精しようか」
武田鉄矢さんが「いや、自分でやります」というネタ。
セーラー服を着てあるくと街の不良が全部振り向いたと姉を自慢し、駆け落ちのように夫と結婚したことが分かる。
帰りに姉は苦労ばかりする、姉さんが可哀そうだと涙を流す。 - 鈴木瑞穂さん演ずる高倉健さんの兄
弟を心配して大好きなコーヒーをもって訪ねてくる。教員だった兄は退職せざるを得なかったことを知る。健さんは申しわけなく、苦しい・・・。
健さんの過去が描かれる。
がっちりした型と役目のはっきりした登場人物がドラマを作っていき、台詞ひとつでも計算して生み出されたのが分かります。型にピッタリ当てはまったドラマは見事です。
高倉健さんにイライラする映画
映画の高倉健さんと言えば、「敬語で話し、礼儀正しい、無口でストイック(町山さん)」、「不器用でうまく立ち回れない(佐藤忠男さん)」というイメージがあります。それでも、行動は真摯でいつも見る人を惹きつけます。
高倉健さんのお辞儀は日本一美しい。軍隊式のように硬さがなく、礼儀正しさを表しています。映画に登場する高倉健さんは、こうなりたいという理想の日本人男性と言ってもいいでしょう。
カッコ良くて、仕事もこなす映画の高倉健さんだけど、恋愛には不向きです。観客は二人が早く結ばれればいいのにと願っているのに、ストイック、不器用でうまく立ち回れない男は愛情表現がヘタだから、恋愛が進展しないのです。
嵐の夜の出会い
オープニング。嵐の夜、道に迷った健さんが訪ねてきて、離れの納屋に泊めてもらいます。
上半身裸になり着替えをしている健さん。
そこにランプを持った倍賞千恵子さんが入るり、ランプに照らされる健さんの肉体。
ここがオープニングの見どころ。筋肉ムキムキにしてもダメですが、適度に肉体を鍛えるのです。
高倉健さんの「自己開示」
先に吉岡秀隆さんが演ずる息子の武志と仲良くなります。
高倉健さんは、離れの納屋に寝泊まりしているのですが、倍賞千恵子さん入院していない夜、武志が枕を持って泊まりに来ます。
「お父さんが、なくなって寂しいか・・・」と、自分の親がなくなったときのことを話します。
心理学でいう「自己開示」です。これで、武志が健さんを慕うようになります。
乗馬が得意な高倉健さん
健さんは武志や倍賞千恵子さんに乗馬を教えます。健さんは馬に乗る役をこなしてきましたから、乗馬が得意なのです。躍動感があって絵になります。
健さんは草競馬に出場して優勝します。この『標津・中標津連合馬事競技大会』です。
- 南中競馬場 | 北海道Style
昭和55年に公開された映画『遥かなる山の呼び声』で、主人公・田島耕作(高倉健)が、風見民子(倍賞千恵子)の持ち馬ユカ号で出場する草競馬の名シーンはこの南中競馬場でロケされています。高倉健はスタント無しで、見事な手綱さばきだったなどという話も、今は昔話になりつつあります。
『標津・中標津連合馬事競技大会』に高倉健が飛び入りで参加し、なんと本当にトップでゴールインしてしまったというエピソードも。(太字強調は引用者)
競馬に優勝した後、・・・・ここから先は「秘すれば花」ですかね。
最後に
『伊集院光の週末TSUTAYAに行ってこれ借りよう! 』の第1回放送で紹介された。
山田洋次監督の『遙かなる山の呼び声』について書きました。
この映画のポイントはなんと言っても、高倉健さんがカッコイイことです。そのイメージを守るため、高倉健さんは努力を惜しみませんでした。
映画のイメージを守るためトーク番組にはほとんど出演しない。これは渥美清さんも同じでした。
それと、肉体を鍛える。
吉永小百合さんが『海峡』で一緒だったときのことを話しています。
そういえば、『海峡』のロケで高倉さんとお話ししたのがきっかけで、腹筋運動を始めたんです。旅館の食事の後のおしゃばりで「筋力を保持するには、腹筋はどのくらいやったらいいんですか」と聞いたら、高倉さんが「キープするには100回」とおっしゃったんです。それで、今も腹筋を100回続けているんですけれど、年齢とともに、数を増やさなきゃいかないのかな、と思うこともあります。(p109)
サロベツ原野でのロケのエピソードも紹介されています。寒い中、昼休みにロケバスの中でカレーライスを食べているとき外を見ると、雪原でポツンと立ったままカレーを食べている人がいて、驚いてみると高倉健さんだったそうです。役になりきっているため、集中力を切らさないためにバスに入らなかったのです。(p102)
「北海道キネマ図鑑 高倉健・冬の旅」の中では由利徹さんが話しています。
『網走番外地・大雪原の対決』
反則をおかした囚人が馬に結わえつけられ、雪の中を引きずりまわされるシーンを撮影する話です。最初はダミー使って撮影したそうですが、高倉健さんが「はずんでおかしいから自分がやる」と言い出します。
監督は雪の下に何があるか分からない。杭があったら刺さって死んでしまうと反対したが強行。撮影が終わると熊笹で身体が傷だらけで、血が流れていたそうです。
高倉健さんの美談はいくらでも聞きます。
こんな高倉健さんの魅力たっぷりの映画『遙かなる山の呼び声』、是非みてください。
おまけ
実像に迫った本もあります。
読むと夢が壊れるんでしょうか。