シロッコ手習鑑

どうすれば登校拒否や引きこもりをサポートできるのか。高卒シニアなのに放送大学で心理学を学び始めました

余命半年の男が見つけた最後に打ち込むべきもの・黒沢明監督「生きる」の感想

目次

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黒沢明監督の最高傑作はどの作品か

黒沢明監督は生涯に30本の映画を作っています。この30本の中で、あなたはどの作品が好きでしょうか?

黒澤明の最高傑作と言えば「七人の侍」を選ぶ人が多いと思います。戦国時代、野武士に襲われて困った百姓が七人の侍を雇い、その侍が野武士と戦う物語です。

30本のうちの私が見たのは「羅生門」、「生きる」、「七人の侍」、「用心棒」、「椿三十郎」、「赤ひげ」、「デルス・ウザーラ」の7本だけです。その中では、はじめは「七人の侍」が凄いと思っていました。というか、「七人の侍」しか見ていなかったのですが、「デルス・ウザーラ」を見てからはこれ一番だと思うようになりました。

ロシア人探検家がシベリアの先住民猟師デルス・ウザーラと出会い、ガイドになります。探検家がデルス・ウザーラに魅力を感じ、心を惹かれて行きます。そして、この映画を見ていると黒沢明監督がデルス・ウザーラのような人間が大好きだというのが良く伝わってきたからです。

TOHOシネマズ 市川コルトンプラザの「午前10時の映画祭」で上映されている黒沢明監督の「生きる」を見てきました。

「生きる」は、平凡に生きてきた公務員が主人公の映画です。主人公はガンに冒されたことを知り、残された人生をどう生きるか、それを描いた映画です。

今回大スクリーンの「生きる」を見てまた考えが変りました。やっぱり、「生きる」は凄い映画です。「生きる」の凄さについて書いてみようと思います。

「生きる」のシナリオはどんなふうに完成したのか

手元に「複眼の映像―私と黒澤明」という本があります。この本は、日本一のシナリオライターと言われた橋本忍さんが黒沢明監督と共同で脚本を作り上げる様子が描かれたものです。

複眼の映像―私と黒澤明 (文春文庫)

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橋本忍さんは黒沢明監督と出会って「羅生門」のシナリオを書きます。

「羅生門」が公開された一年後、1951年に一緒にシナリオを書くことになる小国英雄さんを紹介されます。そして、「後、75日しか生きられない男」をテーマに簡単なストーリーを書くように言われます。

ところが、これはトルストイの「イワン・イリイチの死」を下敷きにしていたと言う話があります。下の動画解説でそう話しています。

この本には「イワン・イリイチの死」の話は出てこないのですが、橋本忍さんは「イワン・イリイチの死」を読んでいた のでしょうか。気になるところです。

橋本忍さんは電話帳とにらめっこ。職業を「市民課長」と決めて半ぺら二枚(385字)のストーリーを書きます。書き上がったストーリーをみると、動画で説明されている「イワン・イリイチの死」とは全く違ったものになっています。黒沢明さんは「イワン・イリイチの死」を読んだかも知れませんが、橋本忍さんは読んでいなかったのかも知れません。

さらに黒沢明監督と小国英雄さん、橋本忍さんの三人で登場人物のキャラクターを作り込んでいきます。このあたりは小国英雄さんから提案される話が面白いです。ズケズケと物をいう若い女性。渡邊勘治がお昼にはうどんしか食べない。背広のズボンは毎晩寝押しをするとか・・・。

橋本忍さんは第一稿を書きあげます。それを決定稿にするため箱根の温泉に集まり、黒沢明監督と橋本忍さんが決定稿にしていきます。4、50枚も書いたころ、小国英雄さんが遅れてきて「おかしい。これはあかん」と言い出して、黒沢明監督が原稿を引き裂いてしまうという事件も起きます。

この三人の中では、小国英雄さんの役割が面白いですね。小国英雄さんは英語の本を読んでいるだけで、一字も原稿を書かないんです。原稿はまず、橋本忍さんが書いて黒沢明さんに渡します。それを黒沢明さんが読んで返すときもあれば、それを直したり、書き直したりして、小国英雄さんに渡します。小国英雄さんが「いいね」と言えば逆に戻って完成していきます。小国英雄さんはお役所の偉い人で、ハンコを押して決済するような感じです。

この本にはほかにも面白い話がたくさんあります。「七人の侍」のシナリオを同じメンバーで書き上げる話。共同脚本の大変なところ。「いきなり決定稿」に変った理由など。映画好きな人にはおススメな本です。

どんなシーンに感動したのか

この映画は30年くらい前に何度が見たことがあります。レンタルビデオだったでしょうか。そのときには、良く出来た面白い映画だとは思いましたが、それほど凄いとは感じませんでした。ところが、今度は全く違います。スクリーンが大きく、映画館という集中できる環境だからでしょうか。それよりも、私が老いて渡邊勘治が死んだ年齢よりも年上になり、渡邊勘治の気持ちを切実に感じるようになったことの影響が大きいように感じます。

映画は一枚の胃を映したレントゲン写真から始まります。渡邊勘治は自分の命が残り少ないことを知ります。

回想シーンが泣けた

妻とは死に別れ、男手ひとつで大切に育てた息子の光男。その子供を回想するシーンに渡邊勘治の気持ちが表現されていました。

光男は少年野球でヒットを打ちます。湧き上がるスタンド。立ち上がって喜ぶ男に渡邊勘治は「あれは息子なんですよ」と言おうとします。しかし、オーバーランでタッチアウト。スタンドはブーイングが起こり、渡邊勘治はがっかりというか、息子が可哀そう、哀れなんですよね。

シーンが変り、バンザイと共に出征する兵士。列車が走り、日の丸が振られます。走る列車の光男を追う渡邊勘治。「みつお・・・みつお・・・みつお・・・みつお・・・みつお・・・みつお・・・」といつまでも続きます。

あれほど大切に思って育てた光男。しかし、大人になった光男はよそよそしく、渡邊勘治は自分がガンだとも告げません。もはや小さい頃の息子ではないのです。

酒場で歌う場違いな「ゴンドラの唄」が泣けた

市役所を無断欠勤して、飲み屋で知り合った小説家とダンスホールやストリップショーなどをハシゴします。

きらびやかなショー。女性が踊り、ピアノの弾き語りのある酒場。

渡邊勘治は場違いな大正時代のラブソング「ゴンドラの唄」をリクエスト。ひとり歌い出します。

いのち短し 恋せよ乙女
あかき唇 あせぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日は ないものを

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いのち短し 恋せよ乙女
いざ手をとりて かの舟に
いざ燃ゆる頬を 君が頬に
ここには誰れも 来ぬものを

(パブリックドメイン) 

きれいとは言えない渡邊勘治のかすれたせつなそうな声。「いのち短し~♪」と自分に言い聞かせているようです。寂しいところで寂しく歌うのではなくて、派手でまったくふさわしくない場所。だからこそ、歌が心にしみてきます。

泣けます・・・。

公園のブランコで歌う「ゴンドラの唄」が泣けた

渡邊勘治は市役所を辞めた若い女性に付きまとい、「なぜそんなに元気なのか」と聞きまわります。そしてついに彼女は応えます。

「工場で作るオモチャが、子どもの手に渡り、喜んで遊んでいる姿を想像すると元気がでるの。あなたも作ってみたら」と。

渡邊勘治は役所に陳情に来ればたらい回しにし、なかなか出来なかった公園を完成させようとします。

雪の降る夜。その完成した公園のブランコを揺らしながら「ゴンドラの唄」を歌います。もう命が尽きることを悟った渡邊勘治は退職金や貯金など書類とハンコを分かるように残し、家を出たのです。

やりのこした最後の仕事を強引に完成させ、満足そうに、「ゴンドラの唄」を歌います。平日の午前10時からの上映だというのに半分近く席がうまった映画館。そのところどころから、すすり泣きが聞こえてきました。

シナリオのどんな構成が凄いと思ったか

渡邊勘治は若い女性から生きる喜びを聞き出し、公園を完成させようと決心したときに「ハッピーバースデー」の歌が流れます。渡邊勘治とは関係ない客たちが友達の誕生日を祝っているのです。どんな生き方をしたらよいかわからない暗い渡邊勘治が新しく生まれ変ったことを祝っているようなのです。

渡邊勘治は公園を作るために動き始めるのですが、ほとんど仕事が進まないうちにお通夜のシーンになってしまいます。

この映画の凄いのはこの部分です。このまま続ければ映画はただの美談になってしまいます。しかし、この後からは助役が悪役として登場します。助役が公演完成の祝いの席であいさつをしますが、それは選挙演説のようなもの。公園が出来たのは助役の尽力があったからだというのです。

このときの、市役所幹部連中の助役へのへつらう表情がよく描かれています。会社とか役所にいますよね、上司の顔色ばかり気にする人。それが上手く表現されているのです。この助役がほんとうに憎たらしい。中村伸郎さんという役者さんで、小津安二郎監督の映画では笠智衆さんの旧友としてよく登場する人です。

助役たちが帰ったあと、いろんな人たちが焼香に来て、助役の手柄をひっくりかえし、本当の渡邊勘治の姿が分かっていきます。最後に焼香するのがブランコを漕いでいる渡邊勘治を目撃した巡査の証言ですね。その回想シーンが私が泣けたという公園のブランコで歌う「ゴンドラの唄」です。

このシナリオが黒沢明監督と小国英雄さん、橋本忍さんの三人で取り組んだものだからこそ出来た構成だと思います。 

おまけ

アマゾンで「生きる」を検索しましたら、テレビ朝日で放送されたドラマのDVDが見つかりました。志村喬さんが演じた渡邊勘治の役を松本幸四郎さんが演じているそうです。松本幸四郎さんと言えばダンディなイメージ。ダサイ渡邊勘治をどう演じたのでしょう。ダンディな渡邊勘治だったのでしょうか。レビューを見ると評判も良いようで、どんなドラマになったのか興味があります。

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