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神の存在を証明するならキリスト教が分かるはず
放送大学でアメリカ映画・フランク・キャプラの作品について卒業研究をします。
アメリカ映画と言えば、ヘイズ・コードという業界の強力なガイドラインの規制を受け、脚本の書き直しを指示されたこともありました。
ガイドラインはキリスト教徒の指導を受けて作られ、倫理規定委員会はキリスト教のジョセフ・プリーンによって運営されました。
1934年から1968年までの映画はキリスト教価値観の基、強力に規制されていました。 さらにその後も、 アメリカの映画はキリスト教の価値観で作られる映画がほとんどです。
ところが、映画を見る私と言えば、仏教徒なのか、神道なのか、無宗教なのかよく分からない価値観でアメリカ映画を見ています。
フランク・キャプラを研究するにもキリスト教を知らないとダメだと思いました。
ところが、急に聖書の言葉は理解できません。入門書を見てもよくわかりません。 NHKで放送された「天地創造」を見たのですが、これもよく分からないのでした。
そんな中、Amazon Prime で『神は死んだのか(God's Not Dead)』を見つけました。ストーリーはこんな感じ。
- 主人公は福音派クリスチャンのジョシュ・ウィートン。
- 大学に入学すると、 無神論者のラディソン教授に 「God is dead.」という宣言書を提出するよう強要されます。
- 受け入れられないジョシュ。 教授は「それなら、神の存在を全生徒の前で証明しろ」と迫ります。
- ジョシュは神が存在するというプレゼンを行います。「神は死んでいない」、原題の「God's Not Dead」。教授は検察官として反対意見を主張し、最後の80人のクラスメートたちが陪審員として採決します。
- ジョシュは神の存在を証明出来るのだろうか・・・という物語です。
主人公が神の存在を証明しようとするなら、キリスト教とは何かが分かるに違いありません。
アメリカは70%以上がキリスト教徒の国です。
アメリカの宗教調査機関 ARIS(The American Religious Identity Survey)が 2001年に実施した調査によると(略)
キリスト教のプロテスタント(52%)とカトリック(24.5%)、そしてユダヤ教(1.3%)を合わせて78% を占めている。
その半分くらいが教会に通っているそうですから、映画はアメリカを知るにも良い教材になるはずです。
以下、この機会に知ったこと、気がついたことなどを書いて行きます。
聖書を文字通りに読もうとする福音派
主人公の「ジョシュ・ウィートン」は信心深いクリスチャンです。
「イエスは僕の友。僕にとって彼は死んでいない。生きているんだ。 いくら教授でも信仰を捨てさせるのはおかしい」と立ち向かいプレゼンをします。
映画とは言えなぜ、こんなにも対立が激しいのでしょう?
主人公が「福音派」のクリスチャンだからです。
「福音派」とはどんなグループなのか?
それは最近読んだ『教養として学んでおきたい5大宗教 』で分かりました。
キリスト教のファンダメンタリズム
主にアメリカの一部のプロテスタントの反動的な動向をファンダメンタリズム(根本主義、原理主義)と呼びます。聖書を文字通りに読もうとし、したがって創世記の記述に合わないビッグバン宇宙論も進化生物学もフェイクだと主張します。
二〇世紀初頭に注目されるようになり、二〇世紀半ばより政治的な力をもつようになり、レーガン、ブッシュ、、トランプなど共和党の大統領の強力な支持母体となりました。昨今では地球温暖化をリベラルの流した嘘だと主張しています。
主流の教会が科学の発展や社会制度の変化を受け入れてきたのに対し、民衆は、必ずしもこれを歓迎しておらず、民衆の不満のはけ口として宗教が利用されていると言えるかもしれません。リベラルな主流の教会は「信仰がないと地獄に堕ちる」なんて脅したりしないので、信者数を減らしつつあります。
逆に、ファンダメンタリズムを基調とする福音派(福音伝道に熱心な教会)は、地獄も説きますし、奇跡も演出します。民衆的には絶大な人気を博し、アメリカじゅうに巨大な教会堂(メガチャーチ)を建ててきました。
カトリックにも超保守的な人々は大勢おりますが、教皇中心の中央集権システムが、むしろ教団のカルト化を防いでいるように見えます。たとえばカトリック信者はとっくの昔に進化論を受け入れています。(p188 下線は引用者による。「福音派」は元から太字)
福音派と科学的思考では私たちの住む世界のとらえ方が違います。
科学は全てが仮説です。現在正しいと言われている学説でも、それを打ち崩す理論を提示して証明すれば、それが新しい仮説になります。
ところが、福音派はそうではありません。キリスト教が生まれて約2000年になりますが、当時の教えをそのまま現代に当てはめようとします。
2000年前は齟齬がなかった聖書と現実の世界も、科学がアップデートされることにようって、対立が激しくなってしまったのです。
それが、主人公「ジョシュ・ウィートン」と悪役「ラディソン教授」の対立として描かれます。
こちらの予告には日本語字幕があります(予告は Prime に加入していなくても無料)。
- Amazon Prime Video 『神は死んだのか』予告
本人役によりリアリティをアップ
この映画は現実と虚構が入り混じっています。どういうことかというと、 本人役で映画に出演している人が何人かいるのです。
最初、映画をみたときは気が付かなかったのですが、クリスチャンとして活躍している現実の有名人が本人役で登場しています。
映画の本人役。例えば、野球映画にイチロー選手や大谷翔平選手が登場して、野球技術論やスポーツ人生論を語れば、相当説得力があると思いませんか?
それが行われているのです。
- クリスチャン・ロックバンド「ニュースボーイズ」
(Wikipedia「Newsboys」のGoogle翻訳)
オーストラリア出身のロックバンドです。
この映画のシリーズ「神は死んだのか」・「 神は死んだのか2」・「神は死んだのか:闇の中の光」に出演しています。
この映画のクライマックスは「ニュースボーイズ」のコンサートです。
出演している福音派クリスチャンが観客として集まり、以下のサウンドトラックにある "The King Is Coming"、"God's Not Dead" を歌います。「神は死んでいない」「私たちは神を信じる」と歌います。キリスト教を信じている人には共感がわくシーンに違いありません。
Wikipedia で「クリスチャン・ロック」というジャンルがあることを知りました。「List of Christian rock bands」にびっしりとバンド名が書かれています。
さらにジャンルがあります。
「List of Christian hardcore bands」
「List of Christian metal artists」
「List of Christian punk bands」
「List of Christian worship music artists(キリスト教礼拝音楽アーティスト)」。
クリスチャンバンドは珍しいものではなく、キリスト教文化が深く根付いているのが分かります。 - リアリティ番組「ダックダイナスティ」
ウィリー・ロバートソン
コリー・ロバートソン
アヒル狩猟、鹿狩り、七面鳥狩猟を製造販売している家族が、リアリティ番組に出演していました。1,180万人の視聴者があり、広告売上も多かったそうです。
TVを見ていた人は、映画を身近に感じたことでしょう。 - 「フランクリン・グラハム」
著名な福音派の宣教師です。
家族がイスラム教の女学生・アイシャが隠れて iPhone で聞いています。
聞いているのは「コリント人への第一の手紙15」。
彼女は、普段はヒジャブを巻いていますが、大学では外してしまいます。
以下の動画は【フランクリン・グラハムとの2020年3月の祈り】ですが、キリスト教のパワーを感じます。
彼らは、映画の中でキリスト教のメッセージを発信します。
そのメッセージは、キリスト教に特別信仰を持たない私にも届きます。熱心なクリスチャンなら私よりずっと高い満足があるに違いありません。
キリストは困っている人の救済者
「神は死んだ」と考える虚無主義からすれば、祈っても祈らなくても物理的に結果は同じはず、と考えます。
しかし、映画のキリスト教徒は他人のために祈ります。
その姿は美しいものでした。
- ニュースボーイズが無神論者のために祈る
クライマックスのコンサートは歌そのものが祈りです。
ニュースボーイズを取材するためにガンに侵された無神論者である女性ブロガーのエイミー・ライアンが訪れます。
ガンであることを告げるとニュースボーイズは彼女のために祈ります。
「神よ、ここにいるエイミーを今夜どうかお救いください。
宇宙の支配者であるあなたに愛されていることを彼女に与えてください。
常にそばにいると」
神が常にそばにいて、愛されている状態になる。
それが信仰ですね。 - デイブ牧師
慈悲深い理想の牧師として描かれます。彼は「仕事は神の使命の一部だ」と言います。イエスは救世主、デイブ牧師の仕事は信者を救うことだと考えています。主人公:ジョシュ・ウィートンのために
・神の存在を証明するプレゼンをするためのアドバイスをします。ミーナのために
「God is dead.」という宣言書を提出するよう強要した無神論者のラディソン教授の妻。教授の教え子でした。
ワインの失敗で教授から屈辱を受ける。 君は神に愛されているから大丈夫。 -
アイシャ
イスラム教の家族なのに iPhone で福音派伝道師の説教を聞いている。
それが見つかり、父から暴力を受けます。
そのとき、彼女にとっての信仰の意味を話します。
イエスは私の神で救い主なの、どんな気持ちのときも決して私を離さない。いつでもあなたは私のそばにいてくれる。
そんな歌詞の音楽が流れます。 - 主人公のジョシュ・ウィートン
演じているのはシェーン・ハーパーというシンガーソングライターです。
オープニングに流れる「Hold You Up」は彼の曲。
つらいときでも「彼らはあなたを抱きしめる」と歌います。
「They」は神のこと。
いつも神がそばにいて愛されているという状態を実感する。
それがキリスト教の信仰のようです。
『教養として学んでおきたい5大宗教 』は、5大宗教を次のように紹介します。
- 第2章 ユダヤ教一民族の宗教
- 第3章 キリスト教一救世主の宗教
- 第4章 イスラム教一戒律の宗教
- 第5章 ヒンドゥー教一輪廻の宗教
- 第6章 仏教一悟りの宗教
そして、キリスト教を次のように説明します。
ユダヤ教から生まれたキリスト教
キリスト教はユダヤ教からの派生宗教です。
ユダヤ教徒は長らくメシアの出現を求めていました。メシアはユダヤの言葉で救世主を意味し、それをギリシャ語でいうとキリスト(実際の発音はクリストスあるいはハリストスのように聞こえる)となります。
そのメシアすなわちキリストではないかとユダヤ教徒の間で噂されたのが、ナザレのイエスという人物(前四年?~後三〇年?)でした(イエス自身もユダヤ教徒です)。
イエスの信者たちは師の死後ユダヤ教徒以外にも伝道を始めたので、独立の宗教「キリスト教(英語で Christianity)」となりました(信者は英語で Christian=クリスチャンです)。(p70)
つまり、キリストという神様は「民族の救済者」というよりも「困っている個人の救済者」だということになります。(p79)
映画は観客をキリスト教の理想の世界へ連れて行ってくれます。
それはクリスチャンでない私にも心地よいものでした。
福音派には映画の外にも対立がある
映画の中では無神論者を打ち負かしてキリスト教の世界へ導きます。
しかし、映画の外の世界では、対立が多く生まれ、収まる様子がありません。
- 「God's Not Dead」予告動画には「1.2万」もの「低く評価」があります。
God's Not Dead | Official Full Movie Trailer
6,116,771 回視聴•2013/10/23 ▲3.5万 ▼1.2万 - 予告動画には「20,411 件」ものコメントがつき、議論が活発に行われています。
「この先生は、自分の信念を強制するから解雇してください」と校長に言えば、この映画をすぐに終わる。 -
進化論裁判 - Wikipedia
聖書を文字通りに読もうとする人たちは、子供に進化論を教えられることに反対して裁判を起こしています。 - そして、トランプ大統領を指示していたのが福音派の人たちだったのです。
NHK 解説委員室でも取り上げられています。
まとめ
アメリカ文化の基本になっているキリスト教を知るために、映画『神は死んだのか』(原題「God's Not Dead」)を見ました。
そして、理解を補助するために『教養として学んでおきたい5大宗教 』を読みました。
映画はエンターテイメントとしてとても面白く鑑賞しました。
最後に私の立場を書いておきます。
- 神は存在するのか
神が存在するとしたら、物理学そのもので区別はつかないと思う。
カトリックのように進化論を受け入れるわけにはいかないのでしょうか。 - キリスト教は役に立つか
希望を失いそうなとき、人の心を支えるのに力になると思います。
キリスト教は長い期間に渡って、人の心を支えてきた実績があるからです。 - 神のもとに平等だという考えがありますから、アメリカにはチャリティが多いというメリットもあります。
簡単にキリスト教について調べてみて、 アメリカはキリスト教の国だと改めて感じました。
Mariah Carey "Hero"
放送大学「耳から学ぶ英語 (15)」の "Song of the Day" で Mariah Carey の "Hero" が紹介されました。
佐藤教授は「妄信的に楽天的と言いますかね、アメリカらしい歌かも知れません」と言います。
「ヒーローはあなたの胸の中にいる」
あなたの胸の中にいるヒーロー 、それはきっとキリストです。
キリスト教を学ぶために
放送大学図書館で見つけた本です。
キリスト教映画リストに314本もあって、私の見た映画も入っています。
『ロッキー』など、これがキリスト教映画なの? と思うものもあって、アメリカは深くキリスト教が染み込んでいるのが分かりました。
アメリカの音楽、映画を見る視点がちょっと変わったと思います。
トルコが世俗主義から原理主義に傾いた事件がありました。
イスラム教もキリスト教も「神のもとでは平等」をうたっています。
格差が広がると原理主義になる。トランプの出番です。
アメリカの危機はそこにあると思います。