シロッコの青空ぶろぐ

高卒シニアが低学歴コンプレックス脱出のため、放送大学の人間と文化コースで学んでいます。通信制大学で学ぼうとする人を応援したい。学んで成功する人が増えれば、私のやる気も燃えるはず。

理想の民主主義は「多数決」ではない・『民主主義──文部省著作教科書』

目次

野党が「臨時国会」要求も自民は拒否

野党が憲法53条に基づいて「臨時国会」の召集を求める要求書を衆院議長に渡したものの、自民党は早期召集には応じない構えだという。

smart-flash.jp

憲法53条には「内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない」と規定されている。

しかし、自民党は早期召集には応じないという。

議院の総議員の4分の1以上の要求によって召集された例は、2015年(平成27年)10月までに34回あった。一方、2003年(平成15年)11月、2005年(平成17年)11月、2015年(平成27年)10月に本条に基づき臨時会の要求があったときには、翌年1月に行われる常会召集が要求から合理的な期間内であるからという理由で臨時会が召集されなかった。

Wikipedia「日本国憲法第53条:運用

政府は、自分たちが多数派であることをいいことに、臨時会の召集をしないようです。「開催期限の規定が存在しない」というのは詭弁でしかありません。

多数派だから何をしても良いわけではありません。放送大学卒業研究の中で、「多数決が正しいとは限らない」と述べたことを紹介します。

1人で上院議員全員と闘うフィリバスター

私が書いたのは ❝『スミス都へ行く』における理想とは何か―喜劇と「民主主義の兵器廠」❞ という論文です。

『スミス都へ行く』は次のような映画です。

主人公スミスは田舎のボーイスカウトのリーダーだったが、死亡した上院議員の代わりに、政界に担ぎ出される。スミスはそこで政治の腐敗と単身対決することになる。

Wikipedia「スミス都へ行く

クライマックスでは、スミス1人が全ての上院議員と対決します。どうやって1人で闘うのか。連邦議会上院ではフィリバスター(議事妨害)という奇策が使えるのです。

 フィリバスターとは、上院規則19条 ”. . . No Senator shall interrupt another Senator in debate without his consent, ” (いかなる上院議員も他の上院議員の同意なしに討論を中断してはならない)を根拠とした議会戦術です。実質的に発言時間が無制限であることから、会期末まで審議を引き延ばして法案を廃案に追い込みます。

 民主主義の最大の見世物であるフィリバスターは現在でも行われています。

  • 2010年12月13日にバーニー・サンダースが減税措置の延長を阻止しようとフィリバスターを行っている 。サンダースのフィリバスターは失敗に終わり、税制優遇措置は承認されている。しかし、彼は有名人になった。このときのスピーチは本になり、ベストセラーになった。そして、オバマ大統領は、ブッシュ大統領の減税措置を廃止することに成功している 。
  • 2013年9月25日にはテッド・クルーズがオバマケアに反対する21時間以上のフィリバスターを行っている 。その影響で、米国連邦政府は、2014会計年度の資金を充当する法律も、2014会計年度の暫定承認の継続的な決議も間に合わず、2013年10月1日から16日の間、多くの米国連邦政府機関が閉鎖されることになった 。
  • 過去には人種差別を禁止する「公民権法」に対してもフィリバスターが行われている。

 採決すれば簡単に決着することを、なぜ上院はフィリバスターを許しているのか。それを論ずる根拠のひとつとして、文部省『民主主義──文部省著作教科書』の「多数決」に対する考え方を述べています。*1

『民主主義──文部省著作教科書』

なぜ連邦議会上院がフィリバスターを許しているのかを論ずる根拠として、日本の『民主主義──文部省著作教科書』から引用したのか。

その理由は以下です。

『文部省著作教科書 民主主義』──この本は、当時の文部省が書いて、1948年から1953年まで日本で使われていた教科書の復刻版です。

社会学者の西田亮介さんが、この教科書「『民主主義』は、GHQの指示のもと、法哲学者の尾高朝雄が編纂したもので、現在ならおそらく大学で使うにしても難しく感じるほど守備範囲が広く、内容が充実している。民主主義とは何かからはじまり、その留意点、ファシズムや独裁との差異、資本主義と社会主義の対立、日本における民主主義定着の歴史、民主主義を維持する方法論等々、この本を1冊読めば一通りのことはわかる」と。
アマゾン「商品の説明・出版社からのコメント」より

この時期の日本は、GHQ/SCAP(連合国軍最高司令官総司令部)に占領されていました。この教科書はアメリカの指示に基づいて書かれたものであり、アメリカの理想の民主主義が描かれているからです。

「多数決が正しいとは限らない」

 アメリカが理想を込めて指示した民主主義の教科書には、「多数決が正しいとは限らない」という信条が中心にあります。

 『民主主義』の「はしがき」には次のような言葉が述べられている。

  • 「民主主義を単なる政治のやり方だと思うのは、まちがいである」
  • 「すべての人間を個人として尊厳な価値を持つものとして取り扱おうとする心、それが民主主義の根本精神である」

そして、「第5章 多数決」では15頁を割いて多数決が一つの便宜的な方法であることが述べられる。

  • 多数意見だからかならず正しいとも、少数意見が間違っているとも言いえない。
  • 多数で決めたことがあやまりであることもある。
  • むしろ、少数のすぐれた人々がじっくりと考えた判断の方が正しいことが多いだろうと言い、プラトンの哲人支配論が紹介されている。
  • 民主政治には落とし穴がある。ドイツにワイマール憲法という優れた民主制度があったにもかかわらずヒトラーが生まれたことに言及している。
  • 多数決の弊害を防ぐには、何よりも言論の自由が大切であり、言論の自由こそが、民主主義を独裁主義の野望から守るための安全弁なのである。

そして、多数決は一応の決着をつけて先に進んで見るための方法だと言い、正しい道の選び方を次のように述べている。

それでは、対立する幾つかの意見の中でどれが正しいかは、いつまでたってもわからないのであろうか。

いや、決してそんなことはない。正しい道と正しくない道との区別は、やがてはっきりとわかる時が来る。何でわかるかというと、経験がそれを教えてくれるのである。(略)かくのごとくに、多数決の結果を絶えず経験によって修正し、国民の批判と協力とを通じて政治を不断に進歩させてゆくところに、民主主義のほんとうの強みがある。少数の声を絶えず聞くという努力を怠り、ただ多数決主義だけをふりまわすのは、民主主義の堕落した形であるにすぎない。(pp. 104-105)

民主政治は、多数決に誤りがあるうることを最初から計算に入れている。だから、連邦議会上院はフィリバスターを許している。そんなことを論文で述べました。*2

実をいうと

この記事で自分の論文の一部を紹介しようと思ったのは映画評論家・町山智浩さんの次のツイートからです。

この話題から始まると、アンケートの意義、パヨクだ、ネトウヨだ、と面倒なので、『野党が「臨時国会」要求も自民は拒否」』という話題から始まりました。

『民主主義──文部省著作教科書』は内容が多方面にわたって深く解説してあり、一気に読むのには無理があります。目次を見て、必要な箇所を読めばよいかと思います。

私は「多数決」だけに注目して読みました。

民主主義とは多数決ではないことを述べるのに、「臨時国会」要求、映画に登場するフィリバスターという制度、と回り道をしてしまいました。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

*1:フィリバスターを許している根拠としては、他にも、上院は定数が100と比較的少ないのが大きな理由である。下院は規則17条により1時間を超えて討論することはできない 。1789年に下院が開設された時点では発言時間の制限はなかった。それがアメリカ合衆国の加盟州が増えて議員数が多くなると、フィリバスターの多さが問題になる 。その対処として1842年に1時間の制限が下院規則に加えられている 。理想の民主主義を遂行しようとしても、議員が多くなれば実行するのが困難になり、譲歩せざるを得なくなった様子が伺える。そしてもうひとつ、「上院には特別な存在理由がある」という理念が上院にフィリバスターを許している。アメリカ大使館が運営する「アメリカンセンターJAPAN」は上院を「『Upper Chamber(上位の議院)』と見なされ、下院よりも審議機能が高いと考えられている。」と紹介している 。各州2名という1票の格差を無視した特別な存在なのだ。

*2:論文全体としては次のようなことを述べています。

目次
序章・・・1
第1章 ドラマによる「自由と平等」の賛美・・・2
1. 痛快な勧善懲悪ドラマ・・・2
(1)理想家スミスと黒幕テイラーの闘い・・・3
(2)1人で上院議員全員と闘うフィリバスター・・・7
(3)ペインの悔い改め・・・11
2.ハッピーエンドの喜劇・・・15
第2章 象徴による愛国主義の想起・・・20
1. 自由と平等に対立しない愛国主義・・・20
2. 映画に登場する愛国主義の象徴・・・25
(1)理想郷を求めた西部開拓の象徴・・・25
(2)ワシントンD.C.の名所めぐり・・・31
第3章 『スミス都へ行く』が示す理想の意義・・・38
1.『スミス都へ行く』が生まれた背景・・・38
2. 民主主義の兵器廠・・・41
(1)プロバガンダ的な『スミス都へ行く』・・・41
(2)政治に無知な主人公の意義・・・43
(3)クライマックスがフィリバスターであることの意義・・・48
終章・・・53
参考文献・・・55
約7万2千文字