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「骨法十箇条」を読みたい
以前、モルモット吉田 さんの「映画評論・入門!」を読みました。
その中に映画監督と映画評論家の論戦を紹介した「映画監督 VS 映画評論家」という章があって、面白く読みました。
その中でも特に興味があったのは「第3章 北野たけし VS 映画評論家」で取り上げられている論争でした。
どんな論争かと言うと、北野たけしさんが桑田佳祐さんの「稲村ジェーン」を「音楽映画なのに無駄で邪魔なセリフがあり過ぎて、音楽を殺している」と批判したのです。
そして、北野たけしさんは同じサーフィンを素材にした「あの夏、いちばん静かな海。」を作りました。登場するのはろうあ者のカップル。徹底的にセリフをなくす作戦ですね。
評論家からは絶賛されますが、観客が入りません。たけしさんは連載コレムで評論家に噛みつきます。
そこに脚本家の笠原和夫さんが「映画芸術・1991年冬号」に「これは観客からお金をいただいて御覧に供する類の、つまり『商品』としての映画ではなかった」と批判する記事を書きます。そして、「骨法十箇条」と称して映画業界に伝わる観客を引き込むためのノウハウを示しながら、「あの夏、いちばん静かな海。」をこう直すべきだと解説したそうです。
そう聞くと「骨法十箇条」を読みたくなりませんか?
「映画評論・入門!」にも簡単に「骨法十箇条」が紹介されていますが、もっと詳しく知りたくなりました。
津田沼の「丸善」で、どんな本なのか確認します。面白そうでしたが、今は心理学を勉強しているんだよ、映画の本なんか読んでいる時間なんてないよ、と一度は諦めたのですが、二度目に購入しました。
買って大正解でした!
お金を稼いで東映を支えた脚本家
笠原和夫さんはどんな人なのか。お金を稼いで東映を支えた脚本家と言ってもいいでしょう。
映画産業は昭和33年にピークを迎えます。それからは、テレビの台頭で観客動員数は減り続け、映画会社はテレビでは放送できない映画を作って生き延びることになります。それが東映ではやくざ映画であり、日活はポルノ映画でした。笠原和夫さんはその「やくざ映画」ヒットさせた続けた脚本家なのです。
- 笠原和夫 (脚本家) - Wikipedia
笠原和夫さんの執筆した脚本により撮影された映画は86本もあります。さだまさしさんのテーマ「防人の詩」、「愛は死にますか~♪ 心は死にますか~♪」が良かった。
やくざ映画に興味がなくてまだ見ていないのですが、佐藤忠男さんの「長谷川伸論―義理人情とはなにか」 で、三島由紀夫が絶賛したということを知りました。
断然みたくなりました。
これも見ていないのですが、やくざ映画の歴史を塗り替えた名作だそうですから、是非みたいものです。
お金を稼ぐために東映を背負って脚本を書く。そのパワーと力量には恐れ入ります。
こんなチマチマとしたブログでさえ、ウンウン唸ってようやく文章をひねり出している私にとってみれば雲の上のような存在。読者をひきつける技術を学びたいものです。
「映画はやくざなり」 の面白さ
この本は次の三つの部分から成り立っています。
- わが「やくざ映画」人生
- 秘伝 シナリオ骨法十箇条
- 未映画化シナリオ 沖縄進撃作戦
わが「やくざ映画」人生
時代劇が売れなくなった東映が、仁侠映画に路線を変更して「博奕打ち 総長賭博」が生まれ、そこから「仁義なき戦い」シリーズに路線が変更される。そのいきさつが、映画のようなエピソードの積み重ねで語られて行きます。
シナリオのプロですから、登場人物の配置と対立もきっちりと描き分けられています。それで面白く読めるんですね。
- 本物のやくざだと思っている人が多い富司純子さんの父である 俊藤浩滋プロデューサー。実質的な夫人は高級クラブのママ。藤純子さんの母親とは別の女性なんて話がすらりと出てきます。
- 「おれより美男子がいるぞ」と入ってくる鶴田浩二さん。脚本が気に入らなくて変えて欲しいと話すのだけれど、何を言っているか分からない。佐久間良子さんとのシーンを増やしたら納得したとか。
- 深作欣二監督は脚本を直せと言ってきかない。泣く子と深作欣二には・・・とか。
やくざ映画を書きたくて脚本家になった訳ではないのに、何本も書いてどうすれば延命できるかを考える。従来の仁侠映画とは違った、逆のテーマを書こうとして生まれた「博奕打ち 総長賭博」。
映画の裏側というと撮影している様子がTVで紹介されることがあります。しかし、脚本を書く人がどう考えていることを紹介されことは、ほとんどありません。プロの仕事が分かって興味深く、読物としても面白かった。
秘伝 シナリオ骨法十箇条
「骨法十箇条」は実際にシナリオを書くときに役立つ「コツ」を集めたものです。
笠原和夫さんは、その前の大切なものがあると言います。
最初に大切なのが「コンセプト」
これは映画の戦略です。どのように成功させるか。興行収入を狙うのか、芸術性をねらうのか、俳優を売るのか。「芸術度」と「商品度」。
これはブログにも通じると思いました。アクセスを稼ごうとするブログを嫌う人もいますが、読んでもらってなんぼ。私がグチをこぼしたところで、誰も興味をもってもらえません。それよりも、役に立つ、面白く読んで貰える記事。
何を狙って書くかが重要と肝に銘じました。
テーマの設定
テーマは伝えるメッセージのことです。この記事だったら、『「映画はやくざなり」の面白さ』がテーマ。「この本はこんなに面白いんだよ。だから、読んでみて欲しい」と言うメッセージを書きました。
どんなところが、どう面白いかを書いたつもりです。それが紹介できて、読みたいと思った人が一人でもいたら、このブログの目的は達成出来たと言っても良いでしょう。
この他にも、ハンティング(取材と資料収集)、キャラクターの創造、ストラクチャー(人物関係表)、コンストラクション(事件の配列)、プロット作りと全部で7項目について説明しています。エンターテイメント小説を書いて見たいと思っている人にも役立つはず。
骨法十箇条
モルモット吉田さんの「映画評論・入門!」では、「となりのトトロ」を当てはめて紹介していました。
そこで、私は「ロッキー」を当てはめて紹介してみます。
- 「コロガリ」
「転がり」です。これから何が始まるか。「ロッキー」なら世界チャンピオンのアポロに対戦相手として指名されることです。 - 「カセ」
足枷の「カセ」。動けないように制限を加えるものです。ロッキーの生まれ育った環境は貧しく、頭も良くない。科学的なトレーニングも出来ない。 - 「オタカラ」
ロッキーが大切なのはエイドリアン。この前みた「ギフテッド」は片目のネコが「オタカラ」で、ストーリー展開にも重要な役目がありました。 - 「カタキ」
対戦相手のアポロですね。ちょっと憎い感じもする。
ロッキーの心の中にある弱さもカタキになっています。 - 「サンボウ」
明智光秀が「三方(さんぼう)」を逆さにして盃を打ち返し、「敵は本能寺にあり」と言うシーンから来ているそうです。「三方」って、何かと思ったら、お供えを盛る檜で出来た台のようなものです。ロッキーなら挑戦の決意を宣言するとき。
- 「ヤブレ」
主人公がダメになる部分です。試合の前日、不安なロッキーは試合会場に行きます。実力の差がありすぎる・・・。
「勝てないけれど最後まで立っている。それがオレがグズでないことの証明なんだ」とエイドリアンに泣き崩れます。 - 「オリン」
バイオリンです。音楽で盛り上げるところ。
ロッキーなら、ジョッキに生卵(5個?)を一気飲み、トレーニングが始まります。ここで音楽がガンガン鳴って盛り上がります。「ロッキー・ステップ 」と呼ばれる階段を駆け上る。 試合のシーンでも音楽が鳴って盛り上がります。
- 「ヤマ」
ヤマ場。ロッキーなら、試合のシーンです。 - 「オチ」
ロッキーは善戦するが敗れる。 - 「オダイモク」
題目。テーマです。グズでダメなチンピラボクサーだったロッキーがアポロとの試合に善戦し、グズでもダメでもないことを証明する。その生き方の美しさ。
笠原和夫さんは「あの夏、いちばん静かな海。」を批判するために「骨法十箇条」を書きました。こうすれば「あの夏、いちばん静かな海。」もお金の取れる映画になると直しも指摘しています。
「映画芸術」に掲載されたときよりは穏やかに修正されていいるそうです。
北野たけし監督が世界的に評価され、自分の映画の作り方が古くなってしまったのかも知れないと感じているからだそうですが、「商品度」を求めるなら「骨法十箇条」は永久に不滅だと思います。
「骨法十箇条」を公表してから30年近くが経とうとしています。
こんな記事を見つけました。
かつて『仁義なき戦い』の名脚本家・笠原和夫は北野武作品のシナリオの弱さを指摘した。『仁義なき戦い』を祖型とする群像暴力劇である『アウトレイジ』2部作を作るにあたって、北野監督は笠原の批判に応えるように、脚本をじつに精緻に練りあげている。とくに本作『アウトレイジ ビヨンド』では、無駄な脇筋を完全に排し、玉突きの玉が次々に正確な衝突の軌跡を描きだすように、冒頭から結末まで見事なドラマが緊密に連繋する。 (「アウトレイジ ビヨンド ドライな男の死の世界」より)
最後に
たかが「やくざ映画」と偏見を持っていました。ところが、この本を読むと、ただのでっち上げの話ではなく、綿密に取材・調査をしていることを知りました。
こんな本も見つけました。
「博奕打ち 総長賭博」、「仁義なき戦い」を観たくなりました。