営業再開した日の「シネプレックス幕張」。
観客は私だけでした。
私ひとりのために上映していただき、ありがとうございます。
目次
「楽しみにしていたんですが」と書いたあなたへ
デイミアン・チャゼル監督の『セッション』を観てきました。営業再開した映画館の上映作品を確認すると『セッション』があり、この映画は是非見たいと思っていたからです。
スリランカを旅した帰りの空港で、映画好きな女性と話し込んだことがありました。デイミアン・チャゼル監督の『ラ・ラ・ランド』がアカデミー賞を受賞した年で、そのとき同じ監督の作品『セッション』を勧められていたのです。
『セッション』を見た結果はどうだったか。素晴らしい映画でした。私は『ラ・ラ・ランド』より好きです。こちらのほうが凄い映画だと思います。
ところが、「YAHOO!映画」を見ると気になるレビューがありました。
- 「ちょっとよくわからなかった」
- 「楽しみにしていたんですが」
- 「非常に中途半端」
- 「ちょっとわけがわからないです」
平均が 4.10 点(5点満点)と、全体からは高く評価されています。
それなのに、 デフォルトで表示された「楽しみにしていたんですが」と書いた人が気になりました。
うーん、なぜこんな感想になってしまったのでしょうか?
映画の好みは人によって違う部分もあります。
しかし、それ以外にも映画を見る環境によって、深く入り込めない場合もあると思います。
なぜ、楽しめなかったのかを考えて行きます。
『セッション』はどんな話か
スパルタ教育をする師匠(フレッチャー)とそれに食らいつく弟子(アンドリュー)の物語です。
漫画『巨人の星』などのスポーツ根性物語を思い浮かべるとイメージが近いかも知れません。
- アンドリュー(19歳)
アメリカ最高峰の音楽学校・シェイファー音楽院の生徒。
バディ・リッチのような「偉大な」ジャズドラマーになることに憧れています。 - フレッチャー
学院最高の指導者。指導方法が狂気に満ちている。
一流のミュージシャンを育てることに取り憑かれた鬼指導者なのだ。
罵詈雑言を浴びせ怒鳴る。椅子を投げつけ、ドラムの代わりに頬を引っ叩いてリズムを教える始末。
この二人がどんな関係なのか。
一枚のポスターをみると想像出来ると思います。
アンドリューは気の弱そうな普通の青年。
それに対して、このフレッチャーの風貌からして威圧的です。
ある日、アンドリューはフレッチャーが指揮する最上位クラスのバンド引き抜かれます。
最初はサブとして楽譜めくり・・・ドラムは一人ですから、争わなくてはならないのです。
人権を無視した狂気の音楽指導をする世界。
それがこの映画の魅力です。
映画は「字幕版」を観たい
「YAHOO!映画」のユーザレビューに、「楽しみにしていたんですが」と書かれたレビューには、(日本語で見たせいかもしれませんが)と但し書きがありました。
「字幕版」と「吹替版」があれば「吹替版」を観たくなるのはわかります。
「吹替版」なら字幕を読む必要がありませんから、映画に集中出来ると考えたのでしょう。
しかし、ぎりぎりの状況が描かれるシーンを日本語に吹き替えてしまっては、その場の雰囲気が変わってしまいます。
私は「映画は場の空気を映すもの」だと考えています。
アニメは吹替版ありです。
アニメは人物の微妙な表情から、その場の緊張感がビシビシ伝わることは少ないと思います。だから、吹き替え版でもいいのです。
しかし、『セッション』を日本語に吹き替えてしまうと、元のシーンにある緊張感を再現するのは不可能です。
『セッション』の字幕のない予告を見つけてきました。
原題は『WIPLASH』。「むちで打つ、痛めつける」という意味です。
この字幕のない予告でも、だいたいの雰囲気は伝わります
- 出会ったばかりのアンドリューとニコルのぎこちない雰囲気が伝わります。
- 次に登場するアンドリューとニコルは、お互い深刻な表情です。
- アンドリューがフレッチャーに殴られているシーン。
うつむいて見て見ぬふりをしている他の楽団員たち。
音声を消してしまっても雰囲気は伝わります。
この登場人物たちが日本語を話すのは、風貌からしてありえない状況です。日本語を話した途端にシーンはリアルさを失ってしまうのではないでしょうか。
映画にはシーンの雰囲気が映っています。
日本語吹き替えで元の雰囲気を再現するのは不可能です。字幕で見たほうがいいと思うのです。
映画は良い音響の大きな映画館で観るべき
「YAHOO!映画」のレビューから法則のようなものを見つけました。
- 「投稿日が新しい順」に表示すると評価が低いのが目立つ。
- 「投稿日が古い順」に表示すると評価が高いのが目立つ。
このふたつは何を意味するのでしょうか。
この映画が日本で公開されたのは 2015年4月17日。
ずっと映画館で上映されていた訳ではないですから、投稿日が古いのは映画館で観た人、投稿日が新しいのはDVDやネット配信で観た人と考えて良いでしょう。
- 「投稿日が古い順」
試写会や映画館で観た人のレビュー。
評価が高いのが目立つ。 - 「投稿日が新しい順」
DVDやネット配信で観た人のレビュー。
評価が低いのが目立つ。
表示させる順序変更すると評価の平均が変わるのは、「映画館で観たか」・「テレビやPCで観たか」の差が現れたと考えられます。
さっと考えただけでも、以下のような違いをあげること出来ます。
- 大きなスクリーン ⇔ テレビ・PC
- 豪華な音楽設備 ⇔ テレビ・PCの音
- 緊張感のある暗い会場 ⇔ 自宅という明るい日常
良い音響の大きな映画館で観れば、映画の世界に入り込める度合いがぐんと高まります。
2008年に映画『おくりびと』が公開されました。
アカデミー賞外国語映画賞を受賞した名画ですが、レンタルDVDで観て「普通の映画だった」と感想を聞いたことがあります。
『おくりびと』にストーリーはありますが、それほど大きな意味はなかったと思います。
- 亡くなった人への残された人の思い(空気)が感じられる
- 装束を着せ替えるときの茶道のようなふるまいの美しさ
- 着せ替えるときの衣擦れの音
ざわついた家庭の明るい環境。小さなTVでの映像・音響では、死者をおくる緊張感、臨場感が伝わらなかったと思うのです。
映画は良い音響の大きな映画館で観るべきです。
映画の世界の予備知識があったほうが良い
登場人物の行動に共感できないと、映画の世界に入り込めないことがあります。
『セッション』の場合だと、高速連打の特訓をするシーンがそうでした。
華麗な音楽の世界のイメージが合わなかったのです。
アンドリューは、高速にドラムを連打する練習をします。あまりにも何度も練習を続けますから、スティックを持つ手の皮が破れて血が流れます。
それでも、手を氷水で冷やして練習を続ける。
こんなに高速に連打する練習が必要なのでしょうか?
こんな疑問が湧けば、映画の世界に入り込めなくなってしまいます。
Wikipediaを見て、私がドラム・ソロを分かっていないことがわかりました。
アンドリューが目指しているのは「バディ・リッチ」のような「偉大な」ジャズドラマーです。
非常に細かく刻んだ音符を、速く正確に、しかも長時間叩き続けるという超絶技巧を得意とし、グルーブ感を損なわないドラム・プレイが特徴である。アメリカではビッグバンドジャズの新境地を開いた人物、およびビバップの誕生に協力したジャズ・マンとして、ジャズ・ファンから尊敬されている。(Wikipedia「バディ・リッチ」より)
「非常に細かく刻んだ音符を、速く正確に、しかも長時間叩き続ける」。
YouTubeで「Buddy Rich」で検索すると、彼のドラムソロがヒットします。
これが出来るようになりたいから血の特訓をしているのですね。
そして、華麗なトランペットやサックス、ピアノだって、長時間練習を続ければ、血の特訓になるのではないか、そう思えてきました。
先にこのことを知っていれば、もっと映画を楽しめたに違いありません。
最後に
「YAHOO!映画」の『セッション』で、楽しみにしていたのに良さを感じられなかったというレビューを見つけて、気になりました。
同じ映画を見たのに、感動的な時間を過ごせなかったのをもったいないと思ったのです。
そこで、その原因を考えてみました。
- 映画は「字幕版」を観たい。
映画は場の空気を映すものです。日本語に吹き替えてしまっては、そのばの雰囲気が壊れてしまいます。 - 映画は良い音響の大きな映画館で観るべきです。
映画の世界に入り込める度合いがぐんと高まります。
- 映画で繰り広げられる世界の予備知識があったほうが良い。
登場人物の描写を不自然に感じてしまっては、映画の世界に入り込めなくなってしまうからです。
「楽しみにしていたんですが」とレビューを書いた人が、もう一度映画館で観る機会があって、『セッション』良さを感じられればいいな。
そんなふうに思いました。
おまけ
この3つをクリアできても、映画『セッション』の魅力を感じられない人がいるのは理解します。
こんな酷い人に指導者を受けたくない、と反発する人がいるかも知れません。
実をいうと、 私も楽しめなかった映画があります。
なんとか良さを理解出来ないかと思ったり、これは無理だと思ったり・・・と色々です。