シロッコ手習鑑

高卒シニアが放送大学の心理と教育コースで学んでいます。人間と文化コースにも興味があります。学んだことを基に自分の考えを組み立てて伝えていきたい。

どうすれば映画評論が書けるのか・『文学批評への招待』が教える「木目に逆らって読む」という方法

文学批評への招待 (放送大学教材)

文学批評への招待 (放送大学教材)

 

目次

論点をどうやって見つけるか

以前、ブログで書評や感想文を書きたくて、アウトプット力をつけたいと何冊か本を読み、そのことを記事にしました。

しかし、なかなかまともな書評や感想文が書けません。

書きたいことが見つからないのです。そうすると、本の内容や映画を紹介するだけの記事になってしまいます。

それでは苦労して文章を書く意味がありません。自分の視点をもって、自分だけしか書けない感想や評論を書くのにはどうすれば良いか。

放送大学の教材『文学批評への招待』に参考になることがありましたので、紹介します。

『文学批評への招待』が教えてくれること

文学批評への招待 (放送大学教材)

文学批評への招待 (放送大学教材)

 

「批評」するとはどんなことなのか。『文学批評への招待』の「まえがき」から引用してみます。

本書のタイトルに含まれている「文学批評」は文学作品を批評することであり、批評するとは、文学作品を解釈してそこから自分にとっての意味を作り出す行為です。

「文学作品を解釈してそこから自分にとっての意味を作り出す」。うーん、カッコイイんですが、私に出来るんでしょうか。

どう解釈すれば、自分にとって意味のある作品になるのか。それには「批判的読解」が重要だと言います。

「批判的読解」とは何か。それは表面的な読みや常識的な読みを疑いながら、「木目に逆らって読む」という事である。
p20

 そして、第1章の最後に次のような「学習課題」があります。

  1.  好きな小説・映画をひとつ選び、それについて自分がおもしろいと思う観点・主題を考えてみよう。
  2. 好きな小説の一節・映画の一場面を選び、それを批判的に読解してみよう。

3.はこれらを踏まえて1000字程度のレポートを書けといいます。それは出来そうにないので、後に検討するとして、1 と 2 について考えてみようと思います。

金子正次の「竜二」を再び考える

以前、金子正次の「竜二」について書いたことがあります。 

sirocco.hatenablog.com

『文学批評への招待』の第1章の「学習課題」1と2に沿って再び考えてみます。

私がおもしろいと思う観点・主題は何か

まず、Wikipedia「竜二」にある「あらすじ」を紹介します。

別れた妻と娘への未練から堅気になった男・竜二。それでも彼を慕う舎弟分。慣れない仕事。ある日、配達中に職場の先輩が「俺も昔はワルだった」と吹かしを入れた途端に我慢の限界が来た。家に帰ろうとしたときに商店街の安売りに群がる愛妻の姿を見た竜二は自分の本当に帰るべき場所、シノギを削った歌舞伎町へ白いスーツを着て舞い戻っていく。

新宿の街をいきりながら肩で風切って歩くヤクザが、幼い娘に会いたくなって、ヤクザをやめる話です。恐喝で逮捕されたとき、妻の父親が手切れ金として保釈金を支払い、竜二は妻、幼い娘と分かれていたのです。

この竜二が柄にもなく、妻や娘のために酒屋の配達をする。汗水流して働く肉体労働です。なんと無茶で純朴なのでしょう。

他人を威嚇して金をゆすり取るヤクザとは、対照的な純真さ、それが美しいと思いました。

それが、私がこの映画を面白いと思う理由です。

「竜二」の一番好きなシーン

私が『竜二』の一番好きなシーンは、焼き鳥屋のシーンです。先にヤクザから足を洗った先輩・関谷に「おれみたいに、足を洗うか」とすすめられるのです。

  • 関谷を訪ねて行った竜二は、閉店後に関谷とビールを飲みます。
  • 関谷は奥さんに「お前はいいから、先に帰れ」という。

    「遠足なんだ、明日」

    「これから用意なの」と帰る関谷の妻。

  • 関谷が「どうした?」と聞くと、「不安なんですよねぇ、落ち着かない。争いごとが嫌になった。金もそんなに欲しくない」と竜二は言います。
  • そうすると、関谷は自分が足を洗ったとこのことを話します。
    不安があったけれど、女房、子どもがいたから助かった。
    自分のことは何もかも捨てたと。
  • 「子どもに会いたいだろう」
    「会いたいですねぇ・・」
    娘が一人で鳴きながら歩いている夢を見る。夜中に飛び起きて、何もかも捨てて、飛んでいきたくなると話す。
  • 「カタギになるか竜二。喜ぶぞ、みんな。組のやつらも」
    「喜びますかねぇ」
    「そりゃ、喜ぶさ。お前のシノギが回ってくるんだ。オレのときだって、お前たち喜んだだろう」

監督の狙い通りに受け取れば、竜二がヤクザをやめて居酒屋をやっている先輩に憧れ、娘を思っているのがよく分かるシーンです。

子どもが遠足でこれから用意をするという関谷の妻。竜二が憧れる暖かい家庭の象徴になっているのが分かります。

批判的に読解してみる

「木目に逆らって読む」と、竜二が考えているようにカタギの生活は甘いものではないと言うことが出来ます。

  • 夜遅くまで焼き鳥屋を開き、家に帰ってから疲れた身体で子どもの遠足の用意をするのです。売り上げの計算などもあるでしょう。
    カタギの生活はそんなに甘くない。
  • 関谷は、自分のことは何もかも捨てたと言ってます。
    竜二は自分のことを捨てれるのか。
  • なぜ、金にならない酒屋の配達をするのか。
    妻まり子の実家に行ったとき、まり子の兄に父が引退するから一緒にカマボコ工場をやろうと言われます。
    酒屋の配達は先輩である関谷の紹介。
    最初は一人でどれだけやれるかやってみるというが、まだ、ヤクザの先輩、後輩に捕らわれているではないか。
    妻に凄い金額の金を送っていたことがあるのだから、関谷と同じように焼き鳥屋くらい開けただろう。

先のシーン以外も含まれていますが、思いつくこと書くとこんな具合になりました。

竜二は二つのミスをしています。まず、カタギの世界を甘く見て、正しく捉えられていません。もう一つは、選ぶ仕事のミスです。このミスによってまた妻や娘を置いてヤクザに戻る事になるのです。

 

レポートを書くとすると

ここからレポートを書くとすると、どうすれば良いんでしょう・・・。

「なぜ、竜二はヤクザに戻っていくのか」。関谷はカタギになるのに成功し、竜二は失敗している。そればなぜなのか。

この問いをメインにして、映画に登場するそれぞれヤクザ、カタギの社会に対する考え方の違いを書いて論じる、そんな形になるのでしょうか。

  • ヤクザ、カタギの服装違い。
  • お金に対する考え方。
  • 法を守ろうとする意識。
  • 男の器量ということ。

 これらを踏まえて、映画と現実を比較しながら考えていけば、私の価値観を含めたレポートになるような気がしてきました。

読売新聞「人生案内」

9月4日の読売新聞「人生案内」に、夫が給料返納を言い出して困っている、という40代の女性公務員の相談が乗っていました。

  • 夫が給料返納を言い出して困っている。
    50代の夫は今春新たな仕事に就いたものの、二ヶ月で退社。社長から「お前に給料を払い過ぎている」と言われ、プライドを傷つけられたからだそうです。
  • 現金書留で送れと言う夫。断ると「コンビニのゴミ箱に捨ててこい」という始末。
  • 真面目な夫を理解している妻は、夫がどれほど会社に貢献しようとしているか知っており、精神的に参ってしまっているようで、夫とどのように付き合えばいいのかと言います。

さて、どう回答すればよいものか。作家・出久根達郎さんの回答を読み進めると、これしかないだろうという対応が示されていました。

  • 出久根さんは、捨てろと言われたら、捨てた、と言って隠してしまいえばよいと言います。いちいちまともに受け止めず、軽くいなせば良いのだと。
  • 夫はあなたに強がってみせているだけ。会社での出来事も説明しないで、ただ愚痴っている。
  • 金を返したいなら、自分ですればよい。それを自分でしないのは、退職までする必要はなかったと自分で分かっているから。
  • 真面目な夫は、うっぷんを奥さんにぶつけるしかない。
    適当にいなして、なだめてやれといい、あくまで夫の味方でいてくださいと言います。

なんと見事な回答でしょう。

なぜ、こんな回答が出来たのか。それは、奥さんの話を100%奥さんの立場で共感するだけでなく、夫の立場、会社の社長立場を考え、客観的な現実をあぶり出そうとしからではないかと思いました。

つまり、奥さんの嘆きに同調するだけでなく、「木目に逆らって読む」ことをしたから見事な回答ができたのではないかと思ったのでした。