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数千人の中からTBS入社試験をパス
『久米宏です。 ニュースステーションはザ・ベストテンだった』は、久米宏さんがTBSに入社したときから出版当時(2017年)までの半生記です。
ラジオのアナウンスブースで緊張しすぎて体調を壊し、栄養失調から結核になってしまう。ひたすら電話番とレポート書きをするなど、興味深い話が盛りだくさんですが、中でも印象に残ったのは、TBSの入社試験をパスした話です。
TBSの入社試験は難関です。若干名採用のところに数千人が応募していて、7次まである選考を勝ち抜かなければなりません。
数千人は繰り返される試験でどんどん落とされていきます。それを見ているうちに、久米さんはだんだん腹が立ってきたと言います。
とくに疑問だったのが、「なぜ試験管に人を選ぶ権利があるのか」ということだった。時間を費やして受験に来た学生が被告席のような所に座らせられたうえ、「あなたはいい」「君はダメ」と勝手に烙印を押されて次々と落とされる。次第にその正当性を問いただすのが自分の役目のような気がしてきた。
もちろん、そんなことで文句を言えば落とされることはわかっていたが、それ以前に自分が受かるなんて、はなから思っていない。
「またここで何人も落ちるんでしょう? どんな権利があって、あなたたち人に優劣をつけるんですか?」
受付をする人事部の若手と押し問答になり、面接でもけんか腰だった。試験管は閉口していたと思う。(P21)
入社面接を受ける場合、パスを目的として行動します。少しくらい嫌なことがあっても、文句も言わず我慢するものです。それにもかかわらず、久米さんが採用面接にけんか腰だったのは、なぜだったのでしょう。
久米さんが4名の合格者となった理由について考えてみます。
アナウンサー職応募は放送研究会が有利なのか
アナウンサー職に応募するのは、どんな人なのでしょう。
会場に行くとほかの受験生の多くは放送研究会のメンバーで、互いに挨拶を交わす顔見知りだった。詰襟を着ているのは僕だけ。試験と面接が進むごとに自分だけが周りと違うことが分かってきた。(P20)
子どものときからアナウンサーになるのを夢見て腕を磨いた人が多いといいます。
テレビ朝日の「聞きたい」の「 大学の放研・アナ研をめぐって激論!?」というコーナーで、「放送研究会はアナウンサー職になるのに有利かどうか」について話されています。
アナウンサーになっているのはどんな人か。
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寺崎貴司アナ 放送研究会
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吉澤一彦アナ 放送研究会
- 渡辺宜嗣アナ 放送研究会
- 佐々木(アナ)は落語研究会
- 宮嶋さんは「テアトルエコー」。いわゆる劇団
- 中里(雅子アナ)さんは、放送研究会
アナウンサーになる近道は放送研究会に入ることだったようです。*1
現在でも「アナウンサー」になるのは難関で、放送研究会(アナウンス研究会)でトレーニングしている人が多いといいます。
久米さんは、大学時代、演劇に打ち込んでいました。演劇サークル「劇団木霊(こだま)」という劇団です。*2
採用試験には、放送研究会と劇団ではどちらが有利なのでしょうか。
アナウンサーは言葉で伝えますから、まず、滑舌が良くてハッキリした発音でなかればなりません。それに、原稿を読むだけではなくて、中継やレポートもありますから、表現力が必要です。
こう考えると、アナウンサー採用試験に向けて日々トレーニングしている放送研究会が有利そうです。
5次試験に、目の前に出されたものについて3分間話をするという課題が与えられます。ざるやモップ、百科事典・・・など。まず、私には無理ですが、久米さんは、どうやってこの課題を突破したのでしょう。
久米さんの前に置かれたのは赤電話でした。
他の受験生がざるやモップの説明レポートする中、久米さんは繋がらない赤電話にお金を入れ、お母さんに電話をするという芝居をしたのでした。
説明やレポートではかなわないから、土俵を自分得意な分野に持ち込んだのですね。そういう機転が見事です。
採用する人も、そういう機転を見逃さなかったと思われます。説明やレポートだらけの中、寸劇はさぞインパクトがあり、一人だけの詰襟姿も目立ったことでしょう。
重役面接は俳優に扮した試験管に受験生がインタビューするというものでした。
久米さんは仲代達也さんを希望。仲代達也さんに扮した先輩アナウンサーに答えられないようなことでも、どんどんと質問をします。採用する側への怒りも湧いていましたから、意地悪な質問になります。
どんなインタビューをするか。久米さんは演劇をやっていましたから、興味深い質問ができたと思いますが、ほかの受験生にとっては難しい課題だったに違いありません。
この課題は久米さんにとって運がよかった、そう言っていいと思います。
放送研究会と演劇では、一般的には放送研究会が有利だったようです。しかし、久米さんは、ひとつの課題は演劇に土俵を引き寄せ、もうひとつは演劇の力を発揮して、試験を突破したのでした。
けんか腰の採用面接はプラスに働いたのか
若干名採用のところに数千人も応募するという採用試験。応募する心境とはどんなものなのでしょう。13.47 倍の大学院「臨床心理学」がバカみたいな倍率だと言っている私には想像もできません。
勝手に烙印を押されて次々と落とされる。次第にその正当性を問いただすのが自分の役目のような気がしてきた。
自分が圧倒的な弱者になって、採用する側への怒りが湧いてくるのは分かりますが、普通はその怒りを採用する側へはぶつけないでしょう。
もちろん、そんなことで文句を言えば落とされることはわかっていたが、それ以前に自分が受かるなんて、はなから思っていない。
宝くじに当たるような倍率だからこそ、けんか腰になれたのだ思います。
そして、その反骨精神を採用する側が評価することになります。
結果から言えば、けんか腰の態度はプラスに働いたようです。
久米さんは、それを計算していたのか。
ただの感情的な怒りの爆発のように思えますが、エンターテイメントな映画好きからすると、少ない可能性に賭けるための突破口だったんじゃないの? と疑いたくなります。
久米さんの難関突破力は並外れている
成功者はその道の能力が並はずれていることもありますが、困難に突き当たったときの人生を切り開く能力も並はずれています。
久米さん、試験に受かったけれども「不可」があって大学を卒業できません。そこで、オールドパーを2本持って教授宅へ行き、「不可」から「不」の一文字を取ってもらうべくお願いして卒業するのです。(久米宏さんと「LIFE」の話を。 - ほぼ日刊イトイ新聞:公開終了)
久米宏さんのアピール力、交渉力はハンパではありません。成功者の特徴です
なるべくしてなった結果
久米宏さんのTBS入社は奇跡のように見えます。
しかし、こうして振り返ってみると、久米さんのTBS入社試験突破は、今となってはなるべくしてなった結果のようにしか思えません。
TBS入社の話は24ページまで、その後も波瀾万丈な話が満載です
『久米宏です。 ニュースステーションはザ・ベストテンだった』は面白くて学ぶところが多い本でした。
また続きを書くかもしれません。
*1:最近ではそうでもないそうです。
かつては、「それは4年制の有名な大学に入って放送研究会(又はアナウンス研究会)に入るのが一番ですよ」…という答えが一般的だった様ですが、最近ではそうでもありません。
ボクもホントに驚いたのですが、なんと我がテレビ朝日アナウンス部は寺崎アナウンサーを最後に17年間も大学の放研・アナ研出身者がいないことがわかりました。(「放送研究会は体育会?」より)
*2:仲間には、長塚京三さん、田中真紀子さんがいて、本当は演劇プロデューサーになりたかったそうです。