シロッコ手習鑑

高卒シニアが放送大学の心理と教育コースで学んでいます。人間と文化コースにも興味があります。学んだことを基に自分の考えを組み立てて伝えていきたい。

放送大学「歴史と人間」を履修して良かったこと

歴史と人間 (放送大学教材)

歴史と人間 (放送大学教材)

 

今学期は放送授業を6科目、面接授業を3科目履修しました。

面接授業は全て終了。単位認定試験は7月21日(日)から始まりますが、現在の学習進行状況はこんな感じです。

  • 「錯覚の科学」完了
  • 「歴史と人間」完了
  • 「法学入門」 14章 / 15章
  • 「社会心理学」 9章 / 15章
  • 「市民自治の知識と実践」8章 / 15章
  • 「フィールドワークと民族誌」9章 / 15章
    (オンライン授業なので単位認定試験なし。代わりにレポート)

一番、履修して良かったと思うのは「歴史と人間」です。今回は、なぜこの科目がよかったかを書いていきます。

目次

考える手法を学ぶために選んだ「歴史と人間」

なぜ、歴史と人間(’14)を履修したのか。

中学、高校と歴史は苦手な科目でした。年号を思える、人の名前を覚える、どれも私の苦手なことばかり。それなのにこの科目を選んだのは、「考える力を身に着けたい。そのためにはどの科目を学べば良いか」という基準からでした。
シラバスの「~を通じて考える」、「~について、~から捉える」、「~を探る」、「~について考察する」という言葉引き付けられたのです。

15章まで学習してみてどうだったか。

単位認定試験はまだですから単位が認定されるかどうかわかりませんが、考える手法を学ぶにはぴったりの科目でした。

この科目を履修してこんなことを得ることが出来ました。

  • 歴史を学ぶ意味を理解した。
  • 考察するための手法について学べた。
  • 無名の人の歴史でも意味があることを知った。

以下、この3点について書いていきます。

歴史を学ぶ意味を理解した

そもそも、「歴史」は何のために研究するのでしょう?

「歴史と人間」には登場しませんが、慶應義塾大学で歴史を研究されている野々瀬浩司教授が「大学で歴史を学ぶ意味」について書いているのを見つけました。

2.歴史とは現在と過去の対話

(略)歴史に関する概説的な知識は、学生時代の学期末試験や入学試験で良い成績をとるためだけにあるのではなく、自己の属する社会や自分自身を深く知るための大切な役割を持っているのです。E.H.カーという歴史家は、「歴史は現在と過去との対話である」と述べています。この言葉の意味は、実に深く難しいのですが、現在というものの意味は、孤立した現在においてではなく、過去との関係を通じて明らかになるものであることは確かです。

3.過去の重層的な蓄積としての現在
現在は、過去の出来事の重層的な積み重ねでできあがっています。歴史学において、まず客観的な史実性というものが問われるのです。

(略)

マルク・ブロックという歴史家は、「現在から出発して過去を理解しなければならず、過去の光に照らして現在を理解しなければならない」と述べました。つまりブロックは歴史学を現在から過去へ、そしてまた過去から現在への絶えざる往復と考え、その際に歴史家による問いかけの大切さを説いたのです。 

まとめると次のようになるでしょう。

◆歴史は、社会や自分自身を深く知るために役立つ。

◆現在の意味は、過去との関係を通じて明らかになる。

◆現在は過去の出来事の重層的な積み重ね。過去の光に照らして理解しなければならない。 

格差社会、年金、沖縄の米軍基地・・・そして、私個人が抱える問題など、いろんな問題があります。現在は過去の出来事の重層的な積み重ねだから、過去の光に照らして理解しなければならない、ということです。

考察するための手法について学べた 

「歴史と人間」は、色んな考察をしています。その手法を学ぶことができます。

  • 第2回 天武天皇と持統天皇-日本という国家の成立-

    日本という国家のあり方がどう築かれたのか。「国家のあり方」というのは全体を統合したイメージですから、どんな歴史的事実を取り入れて、それを「どう築かれたのか」を推論していくわけです。その後に影響があったか、なかったかは考察として導き出されることです。

    日本という国家の成立には、天武天皇と持統天皇の役割が大きかった。そういう仮説により、考え述べていきます。
  • 第7回 豊臣秀吉ー神になった天下人ー 
    秀吉は死後に豊国大明神という神となりました。秀吉の一生を追うのではなく、死後、時代が変わるにつれ、どのように評価が変遷したかを論じています。
    これが考えるということ。
  • 第12回 津田梅子-明治初年の女子留学生-
    国からアメリカ留学の機会を与えられるのは滅多にないチャンスと思えるが、帰国した彼女たちに仕事はありませんでした。そんな中、津田梅子は女子英学塾(後の津田塾大学)を立ち上げた。
    アメリカに行くときは親の指示によるものでした。それが、他の女子留学生も帰国後は親の意見に逆らって結婚したり、独立した女性として生きている。
    自立した女性として生きるようになったのです。

他にも、「第3回 西行と定家-日本の文化-」と「第5回 李退渓-朝鮮儒学の大成者-」を比べると、日本が侘び寂びの風流を好む理由が分かったような気がします。

考えるとはどういうことなのか、ヒントをいただきました。 

無名人の歴史でも意味があることを知った

歴史と言えば、産業革命やアメリカ大陸発見、江戸幕府や明治維新など、現在に至るまで重要な出来事や人について学ぶことでした。ところが、第9回に登場する3人は全く無名の人でした。

第9回 マルタン・ゲール、メノッキオ、そしてピナゴへ

-民衆の生きざまを掘り起こす-

マルタン・ゲール」はどんな人か

16世紀のフランスで起きた「にせ亭主騒動」です。

マルタン・ゲールは、ある出来事が原因で失踪してしまいます。夫が失踪して7年後、彼が帰ってきます。しかし、それは「にせ亭主」でした。男は妻と夫婦として生活を続け、女の子まで生まれます。

ところが、いつまでも「にせ亭主」は続かず、訴えられて裁判となります。「にせ亭主」だという決定的な証拠もなく、無罪放免かという時に夫が帰って来て処刑されます。 

この事件は次のような資料が残っています。

  • 判決文などの裁判記録
  • 事件を担当した判事が出版した『忘れがたき判決』という本。
  • テキスト『ラングドック地方で起こった、にせ亭主についての驚くべき物語』
  • モンテーニュが『エセー』の中で言及している。

これらから、歴史として扱えたのです。

これらを基にナタリー・Z・デーヴィスが書いたのがこの本です。

帰ってきたマルタン・ゲール―16世紀フランスのにせ亭主騒動 (平凡社ライブラリー)

帰ってきたマルタン・ゲール―16世紀フランスのにせ亭主騒動 (平凡社ライブラリー)

 

歴史家・デーヴィスは 、映画の監修者としてこの実話を調査しました。映画を作っていくうちに、映画では物足りなくなってこの本を書いたのだそうです。

映画は高い評価を受けフランスのアカデミー賞にあたる「セザール賞」受賞しています。アメリカでもヒット。日本では公開されませんでしたが、いろんな言語のバージョンがあるそうです。

宗教の異端児として処刑された「メノッキオ」

カルロ・ギンズブルグという歴史家が異端審問の研究を進めているうちに興味を引かれる裁判記録を見つけました。

チーズとうじ虫―― 16世紀の一粉挽屋の世界像 (始まりの本)

チーズとうじ虫―― 16世紀の一粉挽屋の世界像 (始まりの本)

 

 16世紀の北イタリア。宗教の異端児として処刑された粉挽屋の男がいましたた。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教はそれぞれ立場が同等と主張したのです。今の私たちと同じ視点です。 

カルロ・ギンズブルグはどのようにして異端者が生まれたのかを探っていきます。

無名の歴史は役に立つのか

ナタリー・Z・デーヴィスは 「にせ亭主騒動」について、その背景を探っていきます。

『帰ってきたマルタン・ゲール』の「ベルトランド・ド・ロールの貞操」では妻でもない、未亡人でもなくなったベルトランドについて書かれています。

彼女に対して法的な救済はなく、当時の神学者は夫の不在がどれほど長くても、夫の死亡が確認されない限り、再婚はできないのです。

『チーズとうじ虫』では、どのようにして粉挽屋のメノッキオが、キリスト教だけが正しいものではないという考えにたどり着いたのが描かれます。

どちらも無名な歴史ですが、現在を考えるには有意義な資料になるます。

現在の意味は、過去との関係を通じて明らかになるからです。 

まとめ

今学期、「歴史と人間」が履修して一番良かった科目です。なぜこの科目がよかったのかを書いてきました。

野々瀬浩司教授の「大学で歴史を学ぶ意味」を見つけて、歴史を学ぶ意味を知ったこと。

「歴史と人間」の中では、いろんな手法で考察が行われており、考察するための手法を知ることができました。

「第9回 マルタン・ゲール、メノッキオ、そしてピナゴへ-民衆の生きざまを掘り起こす-」では、無名の人の歴史でも意味があることを知りました。

学んだことを基に自分の考えを組み立てて伝えていきたい。これが、このブログのモットーです。過去との関係から現在の意味を考えながら、ブログを書いていきたい思ったのでした。