シロッコの青空ぶろぐ

高卒シニアが低学歴コンプレックス脱出のため、放送大学の人間と文化コースで学んでいます。通信制大学で学ぼうとする人を応援したい。学んで成功する人が増えれば、私のやる気も燃えるはず。

黒板五郎の「遺言」とは何か・『北の国から 2002 遺言』

北の国から 2002 遺言 [DVD]

目次

『北の国から』はどのように始まったか

『北の国から』はフジテレビ系で1981年10月から、2002年9月まで放送された国民的テレビドラマです。最初は毎週金曜日22:00からの連続ドラマとして24話が放送され、その後、8本のスペシャルドラマが放送されています。視聴率が高く、21年間に渡って放送されたことから、放送が終了して20年が経過しても、強く印象に残っているドラマです。

そんな『北の国から』はどのように始まったのでしょうか。

脚本家の倉本聰さんは次のように言っている。

昭和五十五年、一九八〇年。
フジテレビから一人の男が、富良野の僕の家へ訪ねてきた。
「キタキツネ物語」と「アドベンチュアファミリー」が当った。そういうものを北海道を舞台に書けないか、というのである。僕は彼に云った。「キタキツネ物語」は蔵原監督が長い年月を使って作った物である。そういう年月を賭ける覚悟がテレビにあるのか。又、「アドベンチュアファミリー」はアラスカの全く人手の入らない文明と遮断され た土地を舞台としたドラマだ。そういう場所は北海道にはない。北海道を舞台にして、北海道人からウソだ! と云われるドラマは書きたくない。

愚者の旅―わがドラマ放浪』p159

それで、どんな連続ドラマになったのか。骨格としては『クレイマー、クレイマー 』のような離婚をする夫婦が子どもの取り合いをする話であり、それを東京と富良野を往復する姿を描くことにより、文明批判のドラマになりました。

『北の国から』が魅力的なのはなぜか

脚本を書いた倉本さんの人生はドラマのために生きてきたように思える。

 倉本さんは超一流の脚本技術の持ち主だ。

 『愚者の旅―わがドラマ放浪』によれば、演劇に興味を持ち始めたのは麻布中学時代。高校になるとひたすら映画演劇場に通い、白水社『現代世界戯曲選集』の古本がどんどん書棚に積まれていったと言う。さらに、学生時代は理論社の日本シナリオ全集を、ぼろぼろになるまで読み砕いたそうだ。他にも、小津安二郎、野田高梧のセリフ術、橋本忍、菊島隆三の脚本を読み漁り、ノートし、分析している。

そんな高度な脚本の技術もさることながら、倉本さんのドラマには記憶に残る特別なエピソードが挿入されている。「87初恋」のラストシーンの「泥の付いた1万円札」。『駅 STATION』で倍賞千恵子さん演ずる桐子が「水商売の人にはね、大晦日から正月にかけて自殺する人が多いの」というセリフ。

これらは倉本さんが「受信」と呼ぶ観察から生まれている。泥の付いた1万円札は倉本さんの体験であり、水商売の女性の話は倉本さんが住んでいたマンションの同居人から聞いた話だ。中畑木材のモデルになった「麓郷木材工業株式会社」の仲世古善雄さんからはたっぷり、富良野のことを聞いているはず。そして、極寒の富良野にすみ続けた体験から生まれたシーンも多い。一次情報として「受信」したエピソードが強い共感を呼び起こしているのだ。

黒板五郎の「遺言」

黒板五郎の「遺言」は『北の国から 2002 遺言』(後編)のラスト 2:22:50 から、次のように純、蛍に語りかけます。

遺言

純、蛍  

俺にはお前らに遺してやるものが何もない
でも お前らには うまくいえんが 遺すべきものはもう遺した氣がする
金や品物は何も遺せんが 遺すべきものは伝えた氣がする

「金なんか望むな。倖せだけを見ろ」

そして、「金なんか望むな。倖せだけを見ろ」と言います。これはどういうことなのでしょうか。

機械化された文明は合理的で富が増えたように見えます。しかし、お金で計算できるものが増えることが幸福なのかと消費文明に疑問を提示しています。これはドラマがバブルの最盛期に始まったことが影響していると思われます。

例えば、「トラクター」と「農耕牛馬」ではどちらを選択すれば倖せになるだろうか。

私は阿武隈山系の農家に生まれた。耕運機もなかった幼いころ、父は農地を耕すために牛を飼っていた。牛は賢いから農作業が終われば自分で家まで帰る。それに私を乗せ、祖父が家で待ち受けていたらしい。

「トラクター」と「農耕牛馬」を比較してみる。
「トラクター」:燃料は必要なときだけ補給すればいい。燃料は長期間保存可能だ。生き物でないから酷使も気にする必要がない。

「農耕牛馬」:農作業があってもなくても牛馬は毎日飼料、水が必要だ。健康管理も大変だ。しかし、農耕牛馬はペットでもある。牛馬は飼い主に感情を持ち、飼い主の情感も理解しているようだ。

『北の国から』ではそんな農耕馬が活躍する。機械文明が全く役立たない吹雪の夜、吹雪で吹き溜まりに突っ込んだ純たちの車を助けるのだ。停電で酪農家は大きな影響を受けるが、電気に頼らない五郎の生活は何の影響も受けない。

合理性を追求すれば「トラクター」が便利だが、「農耕牛馬」がなくなることは悲しいことでもあるとドラマは訴える。

「金なんか望むな。倖せだけを見ろ」とは、合理性だけを追求した私たちへの警鐘なのだ。

黒板五郎の技術はどこで学んだ?

黒板五郎の妻・令子は秀才タイプで教育熱心だ。逆に五郎はそれほど知性がないように描かれる。第1話、富良野から離れた過疎の村麓郷へいく途中の車で、純は「カソってどんな字を書くんですか?」と聞く。五郎は「紅葉がきれい」だと麓郷の景色を称賛しはじめ答えない。

「字知らねんだ」と心の声が語る。息子にも馬鹿にされる程度の知性なのだ。

五郎のモットーは「自分で工夫してつくる」こと。それを藤波匠は『「北の国から」で読む日本社会 (日本経済新聞出版)』で紹介しています。シナリオにはあるが、放送ではカットされたシーンがあるのです。

富良野に入って5日後、五郎は子どもたちが持っていた小遣いを取り上げてしまう。
「ここの生活に金はいりません。欲しいもんがあったら――もしもどうしても欲しいもんがあったら自分で工夫してつくっていくンです」「つくるのがどうしても面倒くさかったら、それはたいして欲しくないってことです」

  p 97

「過疎」の字も知らない*1知識の量なのに、五郎は発電装置や丸太小屋の図面を書いて、丸太小屋の精巧な模型まで作る。

なぜ、彼は図面を書けて、模型を作れるのだろうか。

黒板五郎の履歴書

その答えは『黒板五郎の流儀 Musashi Mook』の「五郎さんの履歴書」にありました。

倉本さんの脚本づくりは、登場人物の履歴を創ることから始まります。五郎・令子・雪子の履歴が「北の国から資料館」に展示してあったようです。*2

S20・1・5  北海道上川郡下富良野町字麓郷に農業黒板市蔵、うめ五男として生まれる。

S25・4 同所麓郷小学校入学。
S27・10 父市蔵死亡。
S31・4 麓郷中学校入学。教師田中文雄より剣道の手ほどきを受ける。
S33・7 同校後輩吉本咲子に初恋。兄直治に呼び出され、殴られてあきらめる。
S33・9 剣道初段。 交番の看板を盗んで捕り、譴責処分。
S35・4 富良野工業高校入学、剣道部に籍を置く。
S35・10 次兄、三兄を炭坑事故で同時に失う。同じ頃、富良野女学校一年牛久山百合子と恋愛、童貞喪失、同時に一発で妊娠さす。 (友人カンパにて処分し、表沙汰にならず)
S36・11 百合子友人前野タカコと恋愛、又一発で妊娠。(同上処分)
前後して元同級生菅原絹子も妊娠させ、「一発のゴロ」の異名をとる。
S37・4 同校卒業と同時に集団就職で上京、東京田端の中村製鋼所に旋盤工見習いとして入る。 自動車免許とる。
S38・1 母うめ死去。
S38・12 つとめ先事務員岡田みどりと不祥事起こし、馘になる。
S40・3 東京上板橋あけぼの自動車修理工場に見習いとして入社。

S40・10  正社員に採用。

S42・5 中央区築地高津自動車サルベージへ転職。
S43・2  同社近くの栗山理髪店店員宮前令子(当20才)を知る。
S43・6  周囲の反対を押し切って(子供ができたので)結婚。24才。
S44・1  長男純誕生。
S46・5  交通事故起し、会社を馘になる。
S46・6  青山三丁目、坂田商会ガソリンスタンドに入社。
S47・1  長女蛍誕生。
S51・4  坂田商会淀橋支店に配転。この頃より妻令子、新宿の美容院「ニュー・ワカバ」につとめ出す。
S53・12  令子に男ができたことを知る。
S54・5  令子、突如逐電。呆然。
S55・4  北海道へ帰る。

五郎が「一発のゴロ」の異名をとり、女性に手が早いのは意外に思うかもしれないが、連続ドラマでは「こごみ」という酒場の女性と関係を持っている。

ここでは「旋盤工」、「自動車修理工場」、「自動車サルベージ」に注目します。

  • 「旋盤工」
    ここで設計と図面をかく能力を身につけたと思われる。
  • 「自動車修理工場」
    車の発電機など、自家発電のための豊富な知識を身につけた。
  • 「自動車サルベージ(廃品の再利用)」
    車をバラすのはお手のもの。廃品再利用の精神を学んだと思われる。 

こんなことから、知性のなさそうな黒板五郎が発電装置や丸太小屋の図面を書き、丸太小屋の精巧な模型まで作ることができたのだ。

なぜ今『北の国から』なの?

私のアクセスが少ないブログには 504 本の記事があります。

その中で 2017-09-11に書いた「えっ、草太兄ちゃんが死んじゃうの? 『北の国から '98時代』」が1%とか2%のアクセスがあります。

40年前に始まり、20年前に放送が終わったドラマなのにアクセスがあるのは驚きです。

私が『北の国から』を見たのはスペシャルドラマの『北の国から '87初恋』からでした。リアルタイムに『北の国から』の連続ドラマを見ていないのです。

sirocco.hatenablog.com

そこで、レンタルDVDで連続ドラマの1話から視聴したのですが、圧倒的な感動を呼ぶ作品でした。

古いドラマの記事は注目されにくい。でも、何本か『北の国から』について書いてみようと思い、書いたのが最後の作品『北の国から 2002 遺言』についてなのでした。

 

*1:PCは変換してくれるが、たぶん、私も書けない

*2:参考:黒板五郎と令子の履歴 と 年齢についてのお話し - 「北の国から」。こちらには妻令子、雪子の履歴もある